東村山福音自由教会 ✞ Sunrise Chapel: エレミヤ書
東村山福音自由教会 ✞ Sunrise Chapel
プロテスタント、福音派のキリスト教会です。久米川駅南口から徒歩6分(3駅利用可)。
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主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ませることはない。(哀歌3:33)
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2026/08/03
エレミヤ書12章1-6節「友だから隠さない」
*** 8/2(日)主日礼拝 説教概略 ***
来週招かれているキャンプテーマは「ベストフレンド~イエス様は友だち~」です。
実際イエス様は、弟子たちにあなたがたを「しもべ」とは呼ばず、「友」と呼ぶと言われました。旧約聖書においても、しばしば神様は、ご自身が召した者たちと「友」のように関わって下さってもいます。では、良い友人の特徴とは何でしょうか。
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2026/06/23
エレミヤ書11章18-23節「真理を拒む罪と屠り場の子羊」
*** 6/21(日)主日礼拝 説教概略 ***
本日のみことばは「
真理を拒む罪
」が人にはあることを教えています。これは罪ではないと思いますが(笑)、実は、私も今日はある真理を拒む心でいっぱいです。今日の午後、ワールドカップの日本戦があります。しかし、ご存知のように教会では「感謝総会」と「役員会」があります。「なぜこの日に!」と悔やまれます。
ただし、録画はしてあります
。あらゆるサッカーの情報をシャットアウトして、教会から帰ったらゆっくりドキドキしながら観たいと思っています。ゆえに、試合結果の真実を知りたくないのです。
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2026/06/07
エレミヤ書11章1-17節「語り続ける神の熱心」
*** 6/7(日)主日礼拝 説教概略 ***
あきらめずに伝え続けるということは、容易なことではありません。少なくとも、相手に対して無関心であるならば、すぐにあきらめてしまうでしょうし、そもそも熱心に伝えることさえしないことでしょう。
「
愛している
」と伝えることも容易ではありません。
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2026/05/04
エレミヤ書10章12-25節「迷い子のあなたを導く方」
*** 5/3(日)主日礼拝 説教概略 ***
私たちは、自分の力で人生を良い方向へ導けるでしょうか。実際そう願って、日々悩みながら様々な決断をしています。しかし、どうでしょうか。思い通りにいかないことの方が多いですよね。良いと思って選んだ道なのに、なぜかうまくいかない。頑張ろうと思うのだけれど続かない。そして、予想もしなかった出来事で計画がまるで崩れてしまう。
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2026/04/13
エレミヤ書10章1-11節「むなしい神々と生ける神」
*** 4/12(日)主日礼拝 説教概略 ***
先週はイースター礼拝でした。死からよみがえり、生きておられる主との交わりが、私たちの心を励まし、感動させ、力を与えてくださることを教えられました。いのちなき宗教活動ではなく、
主イエス様との心で語り合って歩むイキイキとした信仰
です。
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2026/03/23
エレミヤ書9章17-26節「主を知ることこそ」
*** 3/22(日)主日礼拝 説教概略 ***
皆さんは、「これがあれば自分は大丈夫だ」と思っているものがあるでしょうか。ある人にとっては学歴かも知れません。ある人にとっては仕事の実績かも知れません。あるいは健康や良い人間関係、あるいは貯えかも知れません。
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2026/03/03
エレミヤ書9章1-16節「偽りの民と涙の神」
*** 3/1(日)主日礼拝 説教概略 ***
この世界で正直に生きることは、色々な意味で難しいことではないでしょうか。皆さんどうでしょう?友人関係の中でさえ、
空気を読んで本音を隠しながら付き合うこと
があるでしょう。また、圧力に屈して真実を言えない。不正や隠ぺいが溢れています。あるいは、意地を張ってしまうことで、本音を語れずすれ違ってしまう。あるのではないでしょうか。
本当は、もっと素直に、正直に、大切な事を伝え合えたら変わる
のに
・・・そうは思わないでしょうか。
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2026/02/17
エレミヤ書8章14-22節「預言者の涙は神の涙」
*** 2/15(日)主日礼拝 説教概略 ***
子どもの頃、親が自分を厳しく叱る時、自分のことを嫌っているのではないかと思ったことがあるでしょうか。その奥にある本当の思いに気づけないことが、しばしばあります。しかし、後になってからでも、
あれは愛からのものだった
と知るなら、なんと幸いでしょうか
。
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2026/01/19
エレミヤ書8章1-13節「実り豊かな人生」
*** 1/18(日)主日礼拝 説教概略 ***
CS
教師研修会でのメッセージ準備をしています。特に
「子どもたちの心を育てること」
が大事だと思っています。子どもたちに、
演じさせてはいけない
と思うのです。問題のない「良い子」を演じさせたり、教師の顔色を伺って模範解答をさせてしまったり、子どもたちにお世辞を言わせたりしてはいけない。それをさせてしまうなら、それは教師側の問題ですよね。
「今日のお話、全然わからなかった」
と正直に言っていい。
「自分はそうは思わない」
と言っていい。それが大切であると考えています。
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2025/10/21
エレミヤ書7章16-34節「神との人格的な交わり」
*** 10/19(日)主日礼拝 説教概略 ***
先々週、元カルト宗教の信徒で、現在牧師をなさっている方の講演を視聴させていただき、とても教えられました。若い頃に感じていた空しさに付け込まれ、偽りと上辺の優しさに騙されたということでした。マインドコントロールが進むと抜け出すのも大変です。
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2025/10/07
エレミヤ書7章1-15節「神のいない神の宮」
*** 10/5(日)主日礼拝 説教概略 ***
私たちは「
キリスト教会
」に集っています。ただ、そう名乗る以上、教会にはいつでも、キリストがおられるということが必要不可欠ですよね。キリスト教会なのですから。ところが、教会も世俗化することや、イエス様の姿が見えない場所になることがあり得るのです。建物や組織は立派でも、中身がない。厚い信仰も祈りも愛もない。そうなることはあり得ますよね。だから私たちは、主の御声に聞き続け、
1
回
1
回の礼拝や日々の信仰生活の中身を大事にする必要があります。
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2025/09/15
エレミヤ書6章1-30節「人生の分かれ道」(朗読:10-17節)
*** 9/14(日)主日礼拝 説教概略 ***
少し前に、中高生会で、ある教会学校の先生の話をしました。中学生になる時に、不良の道に行くか、それともイエス様について行くのかで悩んだそうです。「ええ!あの先生が?信じられない!?」と驚いている人もいました。不良の子分になるのか、イエス様の弟子になるのか。チェーンを持つのか、聖書を持つのか悩んだのです。
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2025/08/11
エレミヤ書5章1-31節「主の道を知る者」
*** 8/10(日)主日礼拝 説教概略 ***
教会に行くと(健全な教会であるならば)、私たちすべての人間には「罪」があると語られます。それは決して、心地の良いものではありません。いや、できればあまり触れないでおきたい話かもしれませんね。
誰もが
「いい人」
ということにしておく方が明らかに平和です
。
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2025/06/23
エレミヤ書4章1-18節「主からの愛の呼びかけ」
*** 6/22(日)主日礼拝 説教概略 ***
愛から来る忠告やアドバイスが時々人の心に届かないということがあります。私は若い頃、とても生意気だったので、親や親戚の注意、警告を
ことごとく聞き流していた
ことを今頃になって、反省しています。
「わかってるつもり」がいつも危ないのだと、しくじってから気づくのが人の悲しい性です。
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2025/06/10
エレミヤ書3章1-25節「背信を癒される神」
*** 6/8(日)主日礼拝 説教概略 ***
「
神様がくださる恵みや守りは欲しい。でも、神様に従い献身的に歩むのはお断りだ
」
そう思うのが「
私たちの肉の思いの本音
」かも知れません。
「
ご利益信仰
」というものがあるように、人の肉の思いは、
献身を求める神ではなく、自分に益をもたらす便利な神を欲しているのです。
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2025/05/20
エレミヤ書2章31-37節「主にのみ拠り頼む」
*** 5/18(日)主日礼拝 説教概略 ***
私たちは忙しすぎても、神様との時間を持てなくなります。一方で平和過ぎても、それはそれで神様に求めず、恵みも感じられなくなりやすいものです。そういった意味ではとても「繊細」であり、なんとも「わがまま」な私たちと言うべきかも知れません。特に、
平穏に満ちた順風満帆な日々に、私たちは心を込めて祈ることが意外に難しい
。
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2025/04/27
エレミヤ書2章14-30節「良いぶどうらしく」
*** 4/27(日)主日礼拝 説教概略 ***
新しい年度が始まり、
GW
に差し掛かるこの時、体調を崩している方が多いと感じますし、よく耳にすることばは「疲れた」ということばです。随分耳にしているなと思ったら、妻からも自分の口からもよく出ている。これは良くないなと示され、今日は
三分の学びはお休み
にしました。
日本という国は特に、休むのが不得意な国です。国が定めている祝日は多いのですが、それはむしろ、自分で自由に休みを取れない国だから、国が「休め!」としないと休まない。でも、祝祭日でさえもなかなか休めないですよね(笑)。有休を上手に使えない。使わせてもらえない国。ある意味とても律法主義的な社会です。
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2025/03/17
エレミヤ書2章1-13節「初めの愛に立ち返る」
*** 3/16(日)主日礼拝 説教概略 ***
「あの素晴らしい愛をもう一度」
という曲をご存知でしょうか。若い世代の方はあまりご存知ないでしょうか。多くの人の心を打った有名な歌です。合唱コンクール等でもしばしば歌われます。その内容は、
命をかけて愛し合うと誓った二人、思い出を重ねて来た二人が、今はもう心と心が通わなくなってしまった。だから、『あの素晴らしい愛をもう一度』
」と願う歌です。この曲が多くの人から支持されたのは何故だろうかと考えました。
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2025/03/03
エレミヤ書1章13-19節「攻めも守りも最強の神」
*** 3/2(日)主日礼拝 説教概略 ***
皆さんには怖いと思う人はいるでしょうか。
まだ牧師になりたての若かりし頃。年配の経験豊かな牧師たちの威厳に、怖ささえ感じたのを覚えています。実際、様々な厳しい指導、お叱りも頂戴してきました。
しかし、多くの場合、これらの先生方も若い牧師たちや教会のためを思ってしてくださっていたわけです。そして、敵対意識ではなく、それぞれの先生の懐に飛び込んで色々と教えていただけば、実に多くのことを学ばせていただけたものでした。
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2025/02/16
エレミヤ書1章9-12節「あなたは何を見ているのか」
*** 2/16(日)主日礼拝 説教概略 ***
フレデリック・ラングブリッジという人の詩にこのようなものがあります。
「二人の男が同じ格子越しに外を眺めている。一人は泥を、一人は星を見た。」
何を見て生きているのかはとても大切な問題です
。同じ環境にあっても、人によって見る景色が異なります。クリスチャンというのは、キリストの御霊によって心の目が開かれた者です。何かを見てもただの物質だと見るのか、そこにある主の美しいデザインを見つめるのか。何もかもが違います。
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