東村山福音自由教会 ✞ Sunrise Chapel
主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ませることはない。(哀歌3:33)

最新情報

2026/05/31

Ⅱコリント3:17-18「御霊によって変えられる喜び」

*** 5/31(日)主日礼拝 説教概略 ***

 先週は「ペンテコステ」の礼拝でした。洗礼式という恵みの機会でもありました。また、一昨日には姉妹の葬儀もありましたね。個人的にも多くの会合もありましたので、この短期間に、本当に色々なことがあったような気がします。

 その中で、少し落ち着き安らぎたいと願います。皆さんも疲れ果ててしまわないように、「自分の頑張り」ではなく、聖霊から力を十分にいただきながら、恵みの中で歩んで参りたいと思います。

2026/05/29

詩篇5篇1-12節「望みを抱いて主に身を避けよう」

 *** 5/27(水)祈祷会 説教概略 ***

 私たちは苦しい時、「誰かに分かってほしい」と願います。しかし現実には、理解されないことも少なくありません。誤解され、傷つけられ、ことばにならない思いを抱えることもあります。

2026/05/27

ヨハネの福音書14~16章「御霊によって生きる」

 *** 5/20(水)祈祷会 説教概略 *** (UPが遅れてしまいました)
 しばしば、イエス様を信じたはずなのに、変化を感じられないというケースがあります。もしかしたらそれは、聖霊に導かれることを知らないゆえかも知れません。イエス様を信じながらも、自分の信仰の強さに頼って、自分の知恵と努力だけで歩んでしまっているからかも知れません。聖書ではそれを「肉によって歩む」、「肉に属する人」と言います。けれどもクリスチャンは、聖霊によって新しくされ、この聖霊に導かれて歩むのです。それゆえ、上からの知恵と力を豊かに与えられ、喜びも増し加えられ続けます。


2026/05/17

ヘブル10章1-10節「あなたのみこころを行うために」

*** 5/17(日)主日礼拝 説教概略 *** 

 皆さんは、信仰生活を「ちゃんとやっている」はずなのに、心の深いところでは「渇いている」と感じることはないでしょうか。礼拝にも出席する。献金もしている。祈って聖書も読んでいる。奉仕もする。なのに、どこかで飢え渇きがある。心に力が湧かない。なぜでしょうか。形ばかりの宗教行為は、私たちの心を満たさないからです。それはもしかしたら、忙し過ぎて心を失っているゆえかも知れません。あるいは、外側ばかりを意識する習慣ゆえかも知れません。

2026/05/14

詩篇4篇1-8節「神のもとにある平安」

*** 5/13(水)祈祷会 説教概略 ***

 この世界の多くの人が心満たされ、平安の中に歩むことを願っているでしょう。しかし、それを得る道は多くはありません。実際、どれだけ多くの物を所有し、どれだけの偉業を成し遂げても、心はむなしく空虚であると、何もかも持っていた王ソロモンは言いました。聖書は、神のもとで得られる満たし、平安は、他の物では代えられないと教えるのです。


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