東村山福音自由教会 ✞ Sunrise Chapel: 詩篇
主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ませることはない。(哀歌3:33)

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2026/10/08

詩篇16篇1-5節「あなたこそ 私の主」

*** 10/7(水)祈祷会 説教概略 ***

 どのような組織においても、良いリーダー、良い指導者がいることは本当に重要なことです。しかし、それを選べない事の方が多いかも知れませんね。けれど、クリスチャンはどこにいても、真のリーダーを選ぶことができる特権があります。それは、どこに置かれていたも神様を「私の主」と信じてついて行けるという特権です。


2026/09/30

詩篇15篇1-5節「神に喜ばれる人」

*** 9/30(水)祈祷会 ***

 ふと考えることがあります。人間の目に映る素晴らしい信仰者と、神の目に見えている素晴らしい信仰者は、どれぐらい違うのだろうか・・・と。「あのクリスチャンはすごい」と言われているその人が、神様の目に同じように素晴らしいと思われているのかは、分からないですよね。今日の詩篇では、神様がご自分のもとに住むようにと、ぜひ招きたい人とは、どのような人なのかが語られています。「神に喜ばれる人」のことです。


2026/09/24

詩篇14篇1-7節「主の臨在を体験する信仰生活」

*** 9/24(水)祈祷会 説教概略 ***

 昔、「神を体験する」という分厚い大きなテキストを学んだことがあります(途中で終わってしまったのですが・・・)。神を体験するというのは、信仰生活で大事なことに思います。主がここに生きて働いておられる、主の臨在に励ませて生きることです。今日の詩篇を通して、主の臨在を体験する信仰について教えられましょう。 


2026/09/22

詩篇119篇65-72節「苦しみの中で気づく恵み」

*** 9/20(日)主日礼拝 説教概略 ***
 
 以前、ある牧師が証しをして下さいました。大きな病と闘病している信徒がいらっしゃる。牧師はとても可哀そうで、「つらいですね」と声をかけたそうです。すると、この方は、「いいえ、こうした病がある方が私には良いのです。それによって神様を頼る者になれますから」と言われ、頭が下がる思いだったと。ひたすら癒やしばかり考える自分の信仰との違いを感じたのです。


2026/09/16

詩篇13篇1-6節「嘆きから信頼へ」

*** 9/16(水)祈祷会 説教概略 ***

 礼拝でも少しお話しましたが、詩篇は美しいのですが、決して綺麗な感謝や賛美だけのものではありません。むしろ嘆きから始まるものも多い。ただ、嘆きで終わらず、嘆きから主への信頼へ、賛美へと変えられていくゆえの美しさがあるのではないでしょうか。


2026/09/02

詩篇12篇1-8節「人のことばと神のことば」

*** 9/2(水)祈祷会 説教概略 ***

 先週の今日は病院のベッドの上で、しんどい時間でもありましたが、イエス様の十字架と皆さんの祈りを思い出しました。私のためにこれ以上に苦しい思いをして下さった主イエス様です。苦しみの中でも感謝が生まれました。また、皆さんが私のために祈っていて下さり、一人ではないと思えて心強かったです。

 日曜礼拝でも「祈って備える」ことの大切さを教えられましたね。みことばを聞いて信じ、そして心を一つにして祈ることで整えられていく。これが、何が起ころうとも、冷静に主にあって受け止める秘訣であることを教えられました。今日もみことばに聞き、交わり、ともに祈るためにここにいます。


2026/08/14

詩篇11篇1-7節「主こそ、私たちの避け所」

*** 8/12(水)祈祷会 説教概略 ***

 詩篇11篇は、危機の中で「どこに身を避けるのか」を問う詩篇です。ダビデは命を狙われていました。ですから周囲の人々は、「鳥のように山へ逃げたらどうか」と勧めたのです。それは、人間的に考えれば当然の助言にも思えます。

 しかしダビデは、私は「主に身を避ける」と答えました。


2026/07/29

詩篇10篇12-18節「祈りのうちに変えられる」

*** 7/29(水)祈祷会 説教概略 ***

 神様に祈り続ける者は変えられていきます。
 詩篇10篇の1節はこう始まりました。「主よ なぜ あなたは遠く離れて立ち 苦しみのときに 身を隠されるのですか」。神様が遠くにおられる。姿を隠しておられる。詩篇作者にはそう思えたのです。しかし、その思いをすべて神様にぶつけていく中で、作者は徐々に神ご自身に目を向けられるようになっていくのです。


2026/07/22

詩篇10篇1-11節「神の真実に目を留める」

*** 7/22(水)祈祷会 説教概略 ***
 私たちには、神様が沈黙しておられるように思える時があります。詩篇10篇の前半は、そのような人間の思いや叫びを現わしています。その意味で詩人は私たちの思いを代弁していると思えるのです。しかし同時に、後半の12節以降になると、神様はしっかりと苦しむ者たちを見て下さっていたのだと変化していきます。実は、目に見える現実や、そこで私たちが抱く感情が、必ずしも真実とは限りません(ここが重要なポイントです)。


2026/07/15

詩篇9篇13-20節「人間が勝ち誇らないように」

*** 7/15(水)祈祷会 説教概略 ***

 現代社会の様々な分野の発展、進歩は目覚ましいものがあります。AIの技術は凄まじい速度で発展していますね。医療も日進月歩です。軍事力においては「恐ろしい」の一言です。大国が本気で戦争をしたら、世界が滅ぶでしょう。しかし、私たちはそれでも「人間である」ことを忘れてはいけません。


2026/07/01

詩篇8篇1-9節「人とは何者でしょう」

 *** 7/1(水)祈祷会 説教概略 ***

 「私は何者なのか」、そして「私を造り、救ってくださった神とはどういうお方なのか」。これは人生のテーマではないでしょうか。そして、イエス様によって救われたあなたは、自分を何者だと表現するでしょうか。


2026/06/24

詩篇7篇1-17節「神は正しい審判者」

*** 6/24(水)祈祷会 説教概略 ***
 
 表題に「シガヨンの歌」とあります。おそらく「哀しみの歌(哀歌)」のことだと考えられています。表題の続きに、ダビデによる「ベニヤミン人クシュのことについて主に歌ったもの」とあります。ベニヤミン人クシュとは、サウル王もしくは、サウルの家臣等ではないかと考えられます。


2026/06/11

詩篇6篇1-10節「不信仰の中の信仰」

 *** 6/10(水)祈祷会 説教概略 ***

 私たちには弱さがあり、しばしば神様を信頼しきれず、疑いを抱くこともあります。しかし、そのような不信仰に陥る弱さの中でさえも、主を呼び求める者でありたいのです。そうした信仰の弱い者の叫びや訴えさえ、主には聞こえているのですから。

2026/05/29

詩篇5篇1-12節「望みを抱いて主に身を避けよう」

 *** 5/27(水)祈祷会 説教概略 ***

 私たちは苦しい時、「誰かに分かってほしい」と願います。しかし現実には、理解されないことも少なくありません。誤解され、傷つけられ、ことばにならない思いを抱えることもあります。

2026/05/14

詩篇4篇1-8節「神のもとにある平安」

*** 5/13(水)祈祷会 説教概略 ***

 この世界の多くの人が心満たされ、平安の中に歩むことを願っているでしょう。しかし、それを得る道は多くはありません。実際、どれだけ多くの物を所有し、どれだけの偉業を成し遂げても、心はむなしく空虚であると、何もかも持っていた王ソロモンは言いました。聖書は、神のもとで得られる満たし、平安は、他の物では代えられないと教えるのです。


2026/04/30

詩篇3篇1-8節「安らかな眠りを与えられる主」

*** 4/29(水)祈祷会 説教概略 ***

 この詩篇3篇で大事なポイントは5節にあるかと思います。
「私は身を横たえて眠り また目を覚ます。主が私を支えてくださるから」とあります。

 私たち人間は眠る存在です。人生の1/3~1/4ぐらいは眠っているわけです。寝ないと生きていけない存在です。しかし、心に安心がなければ途端に眠れなくなったり、眠りが浅くなったりします。そしてまた、人は寝ている時は、ほとんど無防備な状態です。仕事もできないし、遊ぶことも出来ません。何も出来ないのです。


2026/04/24

詩篇2篇1-12節「まことの王にひれ伏そう」

*** 4/22(水)祈祷会 説教概略 ***

 私たちは無意識のうちに、「神不在」のままに神の国の働きをしてしまうことがあります。神様のみこころに聞かず、神様のみわざに目を留めず、神様への感謝も失うのです。それはどのようにして・・・でしょうか。

2026/04/15

詩篇1篇1-6節「幸いな人」

*** 4/15(水)祈祷会 説教概略 ***

 本日から詩篇を学びます。詩篇は、全部で150篇と長篇ですが、「祈りと賛美の書」として、多くの人に親しまれています。詩篇の多くはダビデ、もしくは彼の後継者らの作品ですが、他の詩人たちの作品もあります。内容は賛美、感謝、嘆き、悔い改めなど、人間の様々な感情を神様に率直に表したものです。


2026/01/04

詩篇34篇1-22節「主を仰ぎ見ると 彼らは輝いた」

*** 1/4(日)新年礼拝 説教概略 ***

 昨年から「サンライズ・イキイキプロジェクト」を掲げています。私たち皆がイキイキすることをともに目指します。ただ、私たち自身は太陽ではありません。太陽の光に照らされて輝く月です。ですから、義の太陽なる主から隠れないことが大切です。


2025/12/29

年末感謝礼拝 詩篇30篇「夕暮れの涙から朝明けの喜びへ」

*** 12/28(日)年末感謝礼拝 説教概略 ***

 12月はクリスマスシーズンでもありますが、日本では「忘年会」シーズンでもあります。「忘年会」は、「皆で集まって飲食をし、一年の苦しみやマイナスな出来事などを忘れようとする会」です。何とか苦い思い出を忘れ、前向きに新しい一年を向かえたいという願望でしょう。ただ、私の経験上、深く傷ついた出来事ほど、蓋をして忘れることは難しいなと感じるのです。傷があるのに無かった事にすることは難しい。


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