*** 7/14(水)祈祷会 説教概略 ***
ネイティブアメリカンのことわざに、こういうものがあります。
「あなたが生まれて来た時、あなたは泣いていて(オンギャー)、みんなは笑っていたでしょう(誕生の喜び)。あなたが死ぬ時、あなたは笑い(満足)、みんなが泣いてくれる(惜しまれる)人生を送りなさい」
あなたが自分の人生を振り返り、満足して笑顔で去ることができるように。そして、周囲の人々はあなたを慕うがゆえに、別れを心から惜しんで涙してくれる。そんな人生を歩みべきだという教えでしょう。
ここ10年ほどを振り返ると、東日本大震災や様々な地震災害、台風・豪雨被害、さらには新型コロナウイルスによるパンデミックと、多くの災害によって死の危険を身近に感じる10年であったように思います。
それだからこそ、キリストを信じて揺るぎなく安心して歩めることはなんと大きな恵みであろうとかと改めて思わされています。究極的な解決はキリストにしかありません。コロナウイルスもやがて落ち着いていくでしょう。しかし、また別の災害や困難が私たちに訪れ、そのたびに死の危険が迫るからです。
ですから、私たちは本当の意味での死とその恐怖への特効薬はイエス・キリストの十字架であるということをいつでも覚えたいのです。
先週は神の聖さにあずかり、聖なる者として歩むということを教えられました。そして、その中で「聖さ」とは内的・個人的なことで終始するものではなく、人々との関りの中で捉えるべき面があることを教えられました。愛のない聖さなど存在しないということでした。
13節に、私たちの信仰の土台となる非常に大切なことが語られていますね。