天使から示されたピリポは、エチオピアの女王カンダケの高官に道の途上で会った(26-27)。聖霊によって示されてピリポは、この人に近づいて行った(29)。すると、この人がイザヤ書を読んでいるのが聞こえたので、「読んでいることがわかりますか」と声をかけた(30)。ところが、カンダケの家臣と言えど、「勘だけ」では聖書がわからなかった(笑)。もちろん女王の高官だから、教養もありとても賢い人であっただろう。だが、それでも分からなかったのだ。だからこの人は言った、「導いてくれる人がいなければ、どうして分かるでしょうか」と。そして、馬車に一緒に乗るようピリポに頼んだ。聖書は学問的な知識探求や勘で分かる書物ではない。神の霊感(聖霊)によって記された「霊的な書」である。だから、ただ知的に読んでも、その真の意味はわからない。霊的な書は、聖霊の助けのうちに読む必要があるのだ。だから、「主よ、お語りください」と祈ることのできる御霊の人によって、説き明かされ、教えられることが必要なのである。
2日(土)使徒8章32-35節
エチオピアの女王カンダケの高官はイザヤ書53章7-8節を読んでいた。そこには「受難のしもべ」の姿が語られている。だが、彼はそれがわからず、34節にあるように、ピリポに「だれのことについてこう言っているのですか」と尋ねた。いつの時代にも、妨げる者や反対する者はいる。だが、同時にこの高官のように「知りたい」と思い、求める者もいる。私たちは、求める者がいる時に、彼らに伝えられるよう備えているだろうか。ついつい、牧師やスマホを頼りにしてしまうのではないか?だが、やはり信じているひとり一人のことばは、人の心に届く。ピリポも信徒の一人として、積極的に聖書のみことばを伝えた人物だ。35節で、彼はこの問いに対して、「この聖書の箇所から始めて、イエスの福音を彼に伝えた」と語られている。ただ説き明かしただけでなく、しっかりとキリストの救いの知らせ(福音)まで伝えていることに気づく。聖書の意味を聞かれて、それを答えるだけでなく、それはグッドチャンスなのだから、そこからぜひ救いの知らせを伝える機会としたい!
3日(日)使徒8章36-40節
ピリポとともに道を進んで行ったエチオピアの宦官(高官)は、水場を見つけて言った。「私がバプテスマを受けるのに、何の妨げがあるでしょうか」と(36)。そして、ピリポは彼にバプテスマを授けた。二人が水から出て来たとき、「主の霊がピリポを連れ去られた」(39)。つまり、この高官は明確に救いにあずかり、ピリポのここでの役割は終わりであることを聖霊が示されたのだ。宦官は、この後ピリポを「見ることはなかったが、喜びながら帰って行った」と語られている(39)。ここには神の最善の時、最善の備えがあったと教えられる。神がピンポイントで、針の穴を通すような正確さでこの二人の出会いを導いた。ちょうどよく水場も備えられており、バプテスマまで受けられたわけたのだ。すべてが少しでもずれていたら、こうはならなかっただろう。ピリポはただ主の導きに従っただけなのだ。私たちも、行くにしても去るにしても、語るにしても主の声に従おう!自分の時ではなく、主の時に生きる者となろう。
4日(月)使徒9章1-9節
サウロはさらに主の弟子を殺害しようとしていた(1)。彼にはイエスと弟子たちの姿は、神の名を汚す者に思えていたのだ。だから、その道の人間は男女問わず縛り上げるつもりだった(2)。だが、ダマスコに向かう途上、突然の光が彼を照らした(3)。彼は倒れ、自分に語りかける声を聞いた。「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」(4)。サウロが驚き、「あなたはどなたですか」と問うと、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」との声があった(5)。衝撃的なことだ。サウロは地面からようやく立ち上がったが、何も見えなくなり、人々の手に引かれてダマスコに向かうしかなかった(8)。彼はこれまで、肉の目に頼り、自身の考えを正義としてきた。だが、その目は見るべきものを見られていなかったのだ。彼の正義は、かえって神に反する道だった。人は、神の御声に心を開かず、自分の正義にしがみつくとき、かえって神に反してしまうのだ。「良かれ」と思ったその思いさえ、罪の影響を受けているのだ。だから人は、良心自体を主によってきよめられる必要がある。その目の曇りを取っていただくことから始まるのだ。
5日(火)使徒9章10-15節
ダマスコにアナニアという名の弟子がいた。主は彼を呼ばれ、サウロを訪ねて、彼の目の癒やしを祈るように言われた(11)。アナニアは最初は抵抗して神に言った。サウロが「あなたの聖徒たちにどんなにひどいことをしたかを聞きました」と(13)。アナニアもサウロの所業を聞いて知っていたのだ。さらに、このダマスコでも、サウロがキリスト者を捕縛する権限が与えられていることをアナニア知っていた(14)。だから抵抗したのは無理もない。しかし、それでも主は言われた。「行きなさい」と。そこに主の計画があるからである。神はサウロを、異邦人や王、イスラエルの子らへと福音を運ぶ「わたしの選びの器」とすると言われたのだ(15)。大いなる希望がある。こんなにも罪深い狂信的な者をも神は救い、神の選びの器として用いてくださるのだ。神に救えない人間はいない。神に新しく造り変えることのできない人間などいないのだ。己の考えず諦めず、神の救いの力に目を向けよう!
6日(水)使徒9章16節
神はアナニアに言われた。サウロが神のために、福音宣教のために「どんなに苦しまなければならないかを、わたしは彼に示す」と(16)。そのためにサウロは選ばれた器なのだ。特にここでは、サウロが福音のために苦しむ器であることが語られている。それは彼が、キリストにつく者たちを散々迫害してきたことと関係しているのかも知れない。その報いだと罰だという意味ではない。彼は後に、まことの神の民とキリストご自身を迫害してきたことを知り、それでも赦されたことを返し切れないほどの負債として受け止める。それは、報いというよりも、あまりにも救いが大きいゆえ、恵みが大きいゆえ、感謝があふれて、神に少しでもお返しせずにいられないということなのだ。その感謝や喜びの大きさゆえに、彼は福音のために受ける苦しみに耐えられるのであり、その苦しみさえ彼の誇り、喜びとなる。なんと不思議な福音の力だろうか?自らの罪深さ、愚かさを知る者ほど、主のご用のために働ける喜びが大きいとは、本当に不思議な主のわざである。
7日(木)使徒9章17-19節
アナニアは抵抗したものの、神に忠実な人であった。彼は主が言われるがままにサウロに会いに行き、言われた通り彼の上に手を置いて祈った。「兄弟サウロ、あなたが来る途中であなたに現れた主イエスが、私を遣わされました。あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされるためです。」(17)すると、ただちにサウロの目からウロコのような物が落ちて、目が見えるようになった(18)。そこで彼はバプテスマを受け、食事もとって元気になった(18-19)。「目からウロコ」という諺は、この箇所に由来する。無知で誤解していた者が、真実を知って理解し、目が開かれて歩んで行くことである。真実を知らなければ、その努力や労力が正しい方向に向かず、かえって罪を犯すのが人間である。私たちは誰もが知っているつもりの「盲目人」である。誤解していることも多い。神に心の目をいつも開いていただく必要がある。主に祈り求め、あなたの目から、ウロコを取り除いていただこう!
8日(金)使徒9章19-22節
サウロは自身に起こった不思議な出来事、そして主イエスのことばを直接聞いて、目が開かれたのであった。19節によると、サウロは数日の間弟子たちとともに過ごしている。おそらく、主イエスとその福音について深く語り合ったのだろう。そして、自分がしてきたことの過ちにはっきり気づき、真理に立つ決意をしたのだ。20節を見ると、彼の行動の速さがわかる。ただちに諸会堂で、「この方こそ神の子です」とイエスのことを宣べ伝え始めたとある。
当然ながら、人々は非常に驚いた(21)。つい数日前まで、サウロはイエスを宣べ伝える者を迫害する側であったのだから。それが丸っきり反対のことをし始めた!驚かないはずがない!しかし、人々の驚きなど意にも介さず、サウロはますます力強く、イエスがキリストであることを証明し、ユダヤ人たちをうろたえさせるほどであった(22)。私たちも過ちを認める時には、意地を張らず速やかに行動したいものだ。感情や意地よりも、真実に生きることをより大切にしていきたい。感情や意地はすぐに消えていく「儚いもの」だが、真実はいつまでも残るからだ。私たちの人生は決して長くはない。永遠の真実に生きていこう!
9日(土)使徒9章23-25節
かなりの日数がたつと、ユダヤ人たちはサウロを殺す相談をし始めた。サウロの再出発は、最初から命を狙われるものであったということだ。24節によると、その殺意はかなりのもので、昼も夜も町の門を見張り続けるほどであった。そこで、サウロの弟子たちは、夜の間に彼を連れ出し、籠に乗せて町の外につり降ろした。彼はその後、エルサレムに着き、弟子たちの仲間に入ろうと試みた。だが、サウロを信じる者をはなく、皆が彼を恐れていた(26)。こうしてみると、サウロのキリスト者としての始まりは、本当に前途多難な苛酷なものだった。元の仲間からは裏切り者扱いされて命を狙われ、キリスト者の弟子の側からも拒まれ仲間に入れてもらえず、孤立してしまったのだ。それでも、25節にあったのは、「彼の弟子たち」が、夜の間にサウロを脱出させてくれたという事実だ。サウロの弟子たちとは、誰なのだろうか。サウロは改心してすぐに宣教し始めていた(20)。また、23節では、「かなりの日数がたち」とある。それゆえ、サウロが毎日福音を伝える中で既に複数人の弟子が生まれていたのだろう。それは神の備えである。孤立するサウロに、神は新しい弟子仲間を与え、彼を手助けをするよう備えてくださったのだ。八方ふさがりに見える時にさえ、主は不思議に仲間を与え、主の働きができるよう助けてくださるのだ!!
10日(日)使徒9章26-30節
エルサレムに着いた時、サウロは弟子たちの仲間に入ろうとしたが、彼を弟子だと信じる者はほとんどいなかった。そして、サウロがこれまでしてきたことのゆえに、彼を恐れていたので、多くの者が彼と仲良くしようとはしなかったのだろう(26)。ところが、バルナバは違っていた。彼の本名はヨセフであったが、「バルナバ(=慰めの子)」と呼ばれていた。慰めの子というニックネームを持っていたのは、彼がその呼び名にふさわしい人物だったからだろう。ここでも、他の者と大きく違って、バルナバだけはサウロを引き受けて、使徒たちにサウロの身に起こったことを説明し、仲介してくれたのだ(27)。そのおかげだろうか。命を狙われることはたびたびあったが(29)、28節にあるように使徒たちと一緒に、大胆に主の御名によって語ることができたのだ。バルナバのような人物は、いつの時代でも必要かつ重要である。彼がいなければ、サウロ(後のパウロ)の活躍はなかったかもしれない。私たちも「さばき子」ではなく、「慰めの子」と呼ばれるような歩みを心掛けたい。多くの人の賜物を発掘し、用いられる手助けをすることも、尊い奉仕である。
11日(月)使徒9章31節
こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地にわたり築き上げられて平安を得た。主を恐れ、聖霊に励まされて前進し続け、信者の数が増えていった。(31) 「こうして」とは、「どうして」だろうか?この直前にあったことは、ステパノや多くのキリスト者への迫害、さらに迫害者サウロの受け入れだ。ステパノという一粒の麦が死んだことによって、そこから多くの実りが生まれて行った。また、迫害によって散らされた人々が、あちこちで福音を伝えながら移動したことで、福音は広がり、教会が増えて行った。サウロのような迫害者さえ回心し、キリストの弟子となった。それが証しとなり多大な影響をもたらした。アナニアはサウロのひどさを知って抵抗を覚えていたが、信仰によって「兄弟サウロ」と呼んだ。また、バルナバは皆から非難されるのも覚悟の上でサウロを引き受けた。いずれも簡単なことではなかったが、御霊に従い、愛と赦しに生きた証である。迫害の中でも主に信頼して歩み、愛と赦しに生きる時、教会は前進し、信じる者が増えて行ったのである。
12日(火)使徒9章32-35節
32節、ペテロがあらゆるところを巡回していたときのことであった。彼はリダという地にも下って行った。そこでペテロは「アイネア」という名で、8年間、中風の病を患っていた人と出会った(33)。ペテロは彼に言った。「イエス・キリストがあなたを癒してくださいます」と(34)。彼はどんな時でも、癒すのはキリストであることを示す。私たちもいつでもキリストを指し示す者でありたい。こうしてアイネアは癒され、ただちに立ち上がった。そして、アイネアを見たリダとシャロンに住む人々はみな、このことをきっかけにして主に立ち返ったのだ(35)。奇跡を見たから人々は神に立ち返ったと考えるべきだろうか?確かに、それもある。だが、それ以上に、いつでも「イエス・キリストがあなたを癒してくださいます」と明確に伝えるキリスト者の姿勢が、人々への証しとなっているのだ。特別な力がある時、私たちはどうしても自分の手柄にしたくなるものだ。だが、自分の力に頼って大失敗したペテロは、「ただ主キリストによって」という姿勢を大事にしていたのだ。
13日(水)使徒9章36-38節
アイネアの癒しがあったリダの近く、ヤッファにはタビタ(ドルカス)という女性の弟子がいた。彼女は多くの良いわざや施しをしている人であった(36)。ところが、彼女は病気で死んでしまったのだ。当時、亡くなったら墓にすぐ埋葬するわけだが、彼らはこの時、彼女の遺体を洗って、屋上に安置していた。なぜだろうか。それは、ちょうどすぐ近くのリダの地にペテロが来ていて、しかも、いやしの奇跡を行った噂を耳にしたからであろう。それを聞いた弟子たちは、もしかしたら、ペテロを呼べば何とかなるのではないかと考えたのだ(38)。このタイミングもまた神のご計画、摂理である。しかも彼らは、二人の人を派遣し、「私たちのところまで、すぐ来てください」と、大胆かつ、ペテロを急かすようにして呼んでいる。この行動もまた信仰によるものであろう!神の時がここにあり、また、諦めずにすぐに、大胆に信じて行動する姿勢に、私たちも教えられる。全能の神がおられるのだから、私たちも信じて大胆に、また実際に行動していこうではないか!
14日(木)使徒9章39-43節
39節を読むと、タビタ(ドルカス)がとても慕われていたことがわかる。彼女はやもめたちのために衣服を作ってあげていたのだ。だから、そのやもめたちは泣きながら、ペテロにそれらの衣服を見せた。36節に、「彼女は多くの良いわざと施しをしていた」とあったが、これらはその働きのごく一部であろう。すばらしいことである。人は死の時に、その人柄がよく現れる。やもめたちがこれほど悲しんでいるのは、彼女が貧しい者、弱い者に対して優しく歩んできたことの証しである。あなたの葬儀の時、どのような人々が集まってくれるだろうか。どんなことを証ししてくれるだろうか?考えてみると、生き方が変わるかもしれない。
さて、ペテロがひざまずいて祈り、「タビダ、起きなさい」と言うと、なんと彼女は目を開け、起き上がったのだ(40)。そして、人々に生きている彼女を見せ、これによってヤッファで、多くの人々にこのことが知れ渡った(42)。そして、信じる者も多く起こされたのであった。
15日(金)使徒10章1-2節
カイサリアにコルネリウスという百人隊長がいた。彼はイタリア隊という部隊に所属していた(1)。2節によれば、なんと彼はローマの百人隊長でありながら、聖書の神を信じる敬虔な信者であったことがわかる。しかも、彼だけでなく家族全員でともに神を恐れ、さらに多くの貧しい民に施しをし、いつも神に祈りをささげていたのである。かたちばかりの信仰を装う頭でっかちのユダヤ人よりも、よほど敬虔で熱心な信仰者であったことがわかる。だが、これは大変なことであろう。ローマ人の中でこの信仰をもって忠実に歩むことは簡単ではなかったはずだ。明らかにマイノリティなのである。私たちも聖書から見れば異教の国、日本にいる。日曜日も仕事や行事が当たり前のように入れられる文化がある(キリスト教国はそうではない)。そんな中で「私はクリスチャンです!教会に行っています!」と告白して歩むことは簡単ではない。時に孤独を感じることもあるだろう。だが、この時代にもそういう人々がいたのだ。そして、そういう人物のところから、神のみわざが始まり、祝福が広がっていくのである! あなたからこの国に神の祝福が広がっていくのだ!
16日(土)使徒10章3-8節
ある日の午後3時頃、コルネリウスは幻ではあったが、神の御使いを「はっきり」と見た。そこで、彼に御使いは言った(3)。「あなたの祈りと施しは神の御前に上って、覚えられています。さあ今、ヤッファに人を遣わして、ペテロと呼ばれているシモンという人を招きなさい。」(4-5)。このことばに、コルネリウスは感動し、励まされたのではないかと思う。なぜなら、ユダヤ人からは、あなたは神に選ばれたユダヤ人でないからダメだと言われ、同胞のローマ人からも批判されたであろうと思うからである。しかし、神が認めてくださったのだ。彼の祈りと施しは、神の御前に上り、しっかりと覚えられていたのだ。神に差別はない。好き嫌いもない。他の誰に認められなくても、あなたの神があなたを認めてくださるなら、それで十分ではないか?あなたの祈りも、あなたの愛の奉仕も、神は覚えていてくださる!
17日(日)使徒10章9-16節
ペテロは夢心地の中で、四つ足の動物、地を這うもの、空の鳥などを「屠って食べるように」と神から示された。ところが14節でペテロは、こう答えている。「主よ、そんなことはできません。私はまだ一度も、きよくない物や汚れた物を食べたことがありません。」と。すると、主からの声があった。「神がきよめた物を、あなたがたがきよくないと言ってはならない」(15)。これらのことが三回あって、その動物たちが入った入れ物は天に引き上げられた。最も大切なことは、「神がきよめた物を、あなたがたがきよくないと言ってはならない」ということである。神が赦している者を、赦されていない。神が愛している者を、愛される資格がないと言うことはないだろうか?私たちは神より偉いのだろうか。誰が決めているのか。すべては主のお決めになっていることである。神の声に「そのまま」従おう。
18日(月)使徒10章17-23節
ペテロが自分の見た幻の意味をはかりかねている間に、異邦人コルネリウスの使いがペテロを訪れた。ペテロはこの時、皮なめし職人のシモンの家に滞在していた(9:43)。当時、皮なめし職人というのは、動物の死体に触れることから、ユダヤ人からは「汚れた職業」と見なされていた。そこに・・・野蛮で汚れているとユダヤ人から見られていた異邦人が訪れたのであった。ペテロにとって、滞在している家も汚れた家、訪れた者たちも汚れた人々であった。そして見た夢は、神がきよめたものを汚れているとしてはならないという夢だったのである。そして、聖なる御霊は、ためらわず(何の差別もせず)、彼らと一緒に行けと言われたのだ(20)。こうしてペテロは、コルネリウスの使いの異邦人たちを受け入れ、自分が滞在している家に泊らせたのだ(23)。ここから区別も差別もない、本物の世界宣教が始まって行ったのは不思議なことである。私たちが受け入れがたい環境に置かれた時、それは神の新しいみわざが始まるところなのかも知れない。
19日(火)使徒10章24-33節
ペテロは百人隊長コルネリウスの使いを泊まらせると、翌日、彼らとカイサリアへ向かった。コルネリウスと会うためである(25)。それが神の導きであれば会わなければならないと考えたのだ。コルネリウスはペテロを出迎えたとき、ペテロの足元にひれ伏して拝んだ(26)。しかし、ペテロは「お立ちください。私も同じ人間です」と応じた(27)。ペテロは、異邦人を見下す文化のあるユダヤ人であったが、キリストの十字架と御霊の働きのうちに、価値観を変えられつつあった。28節のペテロ発言は、彼が神によって価値観が大きく変えられていることを示している。「ところが、神は私に、どんな人のことも、きよくない者であるとか汚れた者であるとか言ってはならないことを、示してくださいました」。それでためらうことなく来たのであった(29)。コルネリウスにしても、神に示されたままに素直に従っている(30-33)。それゆえに、二人はこうして出会ったのだ。私たちの出会いはいつでも、神によるものである。その出会いの中に神のご計画がある。ひとつひとつの出会いを神によるものとして大切にしていこう!!
20日(水)使徒10章34-36節
34-35節で、ペテロ次のように語った。 「これで私は、はっきり分かりました。神はえこひいきをする方ではなく、どこの国の人であっても、神を恐れ、正義を行う人は、神に受け入れられます。」 神にみことばから示され、また事実、異邦人のコルネリウスに神は現れた。みことばとその成就によって、神は一切のえこひいき、差別なく異邦人に対しても救いの道を開いておられるということだ。神のご計画の全貌を悟ったのだ。旧約時代に備えとして神はみことばをイスラエルに与えた。そして、新約時代にその完成としてイエス・キリストによる平和の福音を与えた。それでペテロは36節で言った。イエス・キリストは「すべての人の主です」と。キリストはすべての人の主である。34-35節にあったように、神を恐れる、神のみこころの正義に生きる者は、神に受け入れられるのだ。私たちには、「この人は信じまい、この人は無理だ、この人には信じて欲しくない」と決める権限が一切ない。主はすべての人の主であり、造られたすべて者に宣教せよと命じておられるのだから!
21日(木)使徒10章37-43節
ペテロは異邦人コルネリウスに、イエス・キリストの生涯、十字架の死と復活を宣べ伝えた。38節では、イエスがあちこちを巡り歩いて良いわざをし、悪魔から人々を救い、癒されたこと。39節では、人々がこのイエスを十字架につけて殺してしまったこと。さらに40-41節では、イエスが三日目によみがえり、ペテロたちは復活後のイエスと出会い、一緒に食べたり飲んだりしたことを彼に伝えている。そして、これらの事実とともに、イエスが「さばき主」として神によって定められ(42)、罪の赦しを与える権威があることも語っている(43)。これらを通してわかることがある。ペテロは自分で必死に話を作っていないこと。ただ彼が見たこと、聞いたこと、命じられたことを忠実に証ししているのだ。そもそも「証し」とは「証言」であって、それは知っている事実を伝えること。自分の話ではなく、神が自分たちに何をしてくださったのかを話すことだ。歴史を「History」と書く。私たちにとってそれは、「His Story(彼=神の物語)」なのだ。
22日(金)使徒10章44-48節
ペテロがなおもこれらのことを話し続けていると、みことばを聞いていたすべての人々に、聖霊が下った。 ペテロが聖霊に満たされて、信仰から出たことば(みことば)を語った時、みことばを聞いた信者たちみなに聖霊が下った。それは、45節にあるように、異邦人たちにも同様に起こったのだ!!それでユダヤ人クリスチャンたちは驚いている。まさに神にはえこひいきはない。ペテロはさらに、47節で、「この人たちが水でバプテスマを受けるのを、だれが妨げることができるでしょうか。私たちと同じように聖霊を受けたのですから。」と語り、人々を説得した。すばらしい場面である。どの国の人であろうと、クリスチャンになることができ、そして、同じように聖霊の豊かな注ぎを受けられるのだ。いつでも、どこでも、主の御霊によって信仰から出たことばを語る者が必要だ。その人から主の働きが始まって行く。あなたと語り合うとき、人々が御霊によって心燃やされるとしたら、とても嬉しいことではないか?私たちもその一人にならなろう!
23日(土)使徒11章1-3節
使徒たちとユダヤにいる兄弟たちは、異邦人もみことばを受け入れ信者になったことを聞いた(1)。それで、ペテロがエルサレムに来た際、割礼を受けているユダヤ人たちが彼を非難したのだ(2)。「おまえは割礼を受けていない者たちと一緒に食事をした!!」と(3)。私たちの多くは時に、事情をよく聴くことをせずに早合点して批判してしまうことがなんと多いことだろうか。一部のことばに過剰に反応してしまい、冷静さを失うこともある。見ている一部のことだけで決めつけて、その背後にある事情を伺おうとしないこともある。当時のユダヤ主義者たちは、割礼や律法にこだわるあまり、その中身を精査しないで批判することがとても多かったように思われる。私たちも気をつけたい。批判したり、怒ったりするのは、もう少し事情をよく知ってからでも遅くない!実際、この場面でも、後で事情をよく聴いて理解した者たちは、かえって神をほめたたえているのだ(18)。だとしたら、先程のペテロへの批判は、「不要な批判」だったことになる。あなたは不要な批判をしていないだろうか?焦って結論を出さず、よく見極める賢さを主に祈り求めよう!!
24(日)使徒11章4-18節
無割礼の異邦人と食事をしたことを責められたペテロは、4節以降で事の次第を使徒たちとユダヤ人たちに話して聞かせた。そして、17節で彼はこう語った。「ですから、神が、私たちが主イエス・キリストを信じたときに私たちに下さったのと同じ賜物を、彼らにもお授けになったのなら、どうして私などが、神がなさることを妨げることができるでしょうか」と。大切なことは、異邦人に与えられたのも、キリストによる「同じ賜物」であるということ。そして、それならば、「どうして私などが、神がなさることを妨げることができるでしょうか」というペテロのことばだ。神のなさることを私たちは信頼して受け止めるしかない。神が曲げたものを人はまっすぐにはできないのだから!そして、これらのペテロの話を聞いた者たちは「沈黙した」(18)。神のみわざを知ったのだ。それを思い巡らす時、人は沈黙する。自分の言い分や主張をやめて、神のみわざに目を留めよう!!その時彼らは、神の救いの拡大を知って、神をほめたたえたのだ。自分の主張を語ってばかりいないだろうか。神のみわざに目を留め、静かに思い巡らそう。そこから賛美が生まれてくる!
25日(月)使徒11章19-21節
19節によると、迫害されたキリスト者が散らされて、フェニキア、キプロス、アンティオキアまで進んで行き、みことばを伝えていたが、やはりユダヤ人にしか伝えていなかったことがわかる。多くのユダヤ人キリスト者は、まだまだ異邦人に福音を伝えることに抵抗を覚えていたのだ。ところが、20節を読むと、彼らの中には、キプロス人、クレネ人がたちがいて、この人々は、アンティオキアではギリシア語を話す人々に福音を宣べ伝えたとある。そして、これを神は喜ばれたのだとわかる。21節によれば、「主の御手が彼らとともにあったので、大勢の人が信じて主に立ち返った」のであった。実は、これが初の異邦人教会設立のきっかけになったのだ。この教会ができるきっかけを作ったのは、有名人ではない。キプロス人、クレネ人としか語られていない。無名のごく普通のクリスチャンである。有名になる必要はない。無名でも、忠実にキリストに従う信仰者たちが、こうして教会の礎を築いていくのだ。プライドや名誉よりも、主に忠実であろう!!
26日(火)使徒11章22-24節
アンティオキアにおいて、ユダヤ人でない異邦人たちが次々と主イエスを信じて神に立ち返った、その噂がエルサレムまで伝わってきた。そこで、エルサレムの教会からバルナバが派遣されることになったのだ(22)。様子を見るためであろう。バルナバが到着すると、彼はそこに起こっていた「神の恵みを見て喜んだ」のであった(23)。そして、バルナバは彼らに「心を堅く保っていつも主にとどまっているように」と励ました。このようにバルナバは、聖霊と信仰に満ちた立派な人であった(24)。バルナバの協力もあって、ますます多くの人が主に導かれて行ったのであった。バルナバのような人物がいつでも必要である。バルナバとは「慰めの子」という意味だが、その呼称のように慰めを与え、励ます人である。だが、その慰め方や励まし方も、私たちは間違えがちである。私たちの励ましは、神に向かって、神の方に向かわせる励ましである必要がある。彼は、「神の恵みを見て喜んだ」のであり、彼は「心を堅く保っていつも主にとどまっているように」と励ましたのだ。あなたの慰め方や励まし方はどうだろうか? あなたが良い人だと思わたいがためにしていないだろうか?
27日(水)使徒11章25-26節
その後、バルナバはサウロを捜して彼を見つけ、異邦人が次々と救われているアンティオキアに連れて来た。バルナバとサウロは1年間そこに集い、大勢の人を教えた。ここでもバルナバの賜物が生かされている。サウロはまだまだ多くの者から信頼されていなかった。それでも、彼はサウロの賜物を見抜き、彼が用いられる奉仕の場へと導いた。賜物を埋もれさせないように、人々に活躍の場を提供することも大切で、尊い奉仕なのである。
さて、このアンティオキアにおいて弟子たちは初めて、「キリスト者」と呼ばれるようになった(26)。ギリシャ語で「クリスティアノス」ということばであるが、いわゆる「クリスティアン」の語源である。ベジタリアンということばがあるように、キリスト中心主義者、「生きるにも死ぬにもキリストのため!」という人々である。彼らは、自称ではなく、そう「呼ばれた」のだ。人々から見て、そう見えるのがクリスチャンであることを覚えたい。
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28日(木)使徒11章27-30節
預言者たちがエルサレムからアンティオキアに下って来た(27)。その預言者の一人であるアガボは御霊によって預言し、世界中に大飢饉が起こることを語り、実際にそれは起った(28)。その時、弟子たちは、「それぞれの力に応じて」、ユダヤに住む兄弟たちに救援物資を送ることに決めたのであった(29)。弟子たちは、神から与えられているものに従い、それぞれができることをした。私たちは「できない」と決めるのではなく、100円でもいいので、できる支援や協力をすることを大事にすべきである。この支援物資を託されたのがパウロとバルナバであった(30)。実に神は、こうした出来事さえもお用いになる。この機会は、異邦人の教会であるアンティオキアの教会が、ユダヤ人コミュニティを支援する機会となった。困ることがなければ、支援することも生まれない。そして、本当に困った時の支援は、私たちの絆を深めてくれるのではないか?主の働きは本当に不思議で、豊かである。
29日(金)使徒12章1-5節
ヘロデ王(ヘロデ・アグリッパ1世)は、教会に集う者たちを苦しめようとして(1)、ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した(2)。さらに、それを多くのユダヤ人が喜んだので、ヘロデはペテロをも捕え、牢に入れたのであった(3)。容赦ない、また筋の通らない迫害であった。しかも、たった一人ペテロのために、2~3人ではなく、4人の兵士4組という16人からなる兵士団に引き渡して監視させたのであった(4)。しかし、このようにペテロが牢に閉じ込められている間、教会は彼のために熱心な祈りを神にささげていた。このような状況下では、誰もが恐怖し、祈ることさえ後にして逃げ出してしまいそうだ。キリストにある弟子仲間があっさり殺され、また投獄されたのだから。しかし、彼らは熱心に祈ったのだ!そして、その祈りが聞かれ、神のみわざが起きていく。私たちはどんな時でも祈るべきである。どうしうよう、こうしようと言う前に祈ろうべきである。あきらめないで祈ろう!祈り続けよう!
30日(土)使徒12章6-11節
いよいよヘロデのもとに引き出される前夜、ペテロは二本の鎖につながれたまま、二人の兵士の間に挟まれて眠っていた。なお戸口にも番兵が配備されていた(6)。ここからの脱出は、人間的には不可能に思われた。しかし、神に不可能はない!そして、祈りを聞かれる神である!(5) そこに御使いが現れ、ペテロを起こして、急いで準備するように言った。ペテロは言われるがままに従い、すべての衛所や門を通り抜け、無事に出ることができた(10)。それはまるで夢心地のような出来事であった(9)。だが、こうして無事に脱出すると、御使いはペテロから離れて行った。その時、11節にあるように、ペテロは、主が自分をヘロデの手から、またユダヤの民のすべてのもくろみから救い出してくださったと悟った。神に不可能はないのだから、私たちもあきらめずに祈り続け、人の考えをはるかに超えた神のみわざをしかと受け止めよう!!
31日(日)使徒12章12-17節
天使の助けによって牢から奇跡的に脱出できたペテロは、マルコの母の家に行き、仲間たちに会おうとした(12)。もちろん、この時も皆で集まり、ペテロのいのちが守られるよう、牢から出られるよう祈り続けていた最中だ。そして、ペテロが戸を叩くと、ロデという召使が応対し、ペテロの声だけを聞いて喜びのあまり門も開けずに仲間たちに伝えたのだ(13-14)。だが、ペテロを見てもいないし、祈っていた者たちはそれを信じなかったので、彼女に「あなたは気が変になっている」と言ったり、「それはペテロの御使いだ」と言ったりした。もちろんペテロは門を叩き続け、その姿を見せることになり、仲間たちは非常に驚いた(16)。こうしてペテロは事の次第を伝えたのだ(17)。さて、興味深いことに、彼らは祈りまくっていたのだが、ペテロが無事に脱出できたことをにわかには信じられなかったのだ!!しかし、主は祈りに応えられた。信じ切れていないのだが、それでも祈りは応えられている。足りない祈りかも知れないし、信仰も十分ではないだろう。それでも主は聞いておられる。親しく聞いて、応えてくださる。私たちも兎にも角にも祈ろう。信じ切れなくても、それでも主にすがろうではないか!!
引用元聖書
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