東村山福音自由教会 ✞ Sunrise Chapel: ピリピ
主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ませることはない。(哀歌3:33)

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2026/02/19

ピリピ3章17-21節「未熟者but天国人」

*** 2/19(水)祈祷会 説教概略 ***

 「立派なクリスチャンは、こうあるべきだ」というイメージを、誰もが持っていることでしょう。しかし、ある米国の教会では、その入り口に「完璧な方はお帰りください」という貼り紙をしていたそうです。少しユーモアも感じます。「自分は不完全だ、弱く罪深い者だ、だから救いが必要なのです」と考える方のための教会だということでしょう。


2026/02/11

ピリピ3章12-16節「キリスト者の成熟」

 *** 2/11(水)祈祷会 説教概略 ***

 私たちの信仰は瞬間的な出来事ではなく、継続的なものです。常に成長していくものです。この地上での日々において、与えられた「まことのいのち」をより豊かにされ、より輝くものとされ、主の栄光を現わしていく器となることを神様は願っておられます。この信仰の成長のことを「聖化」と言います。義とされた者が、聖霊によって少しずつ変えられ、キリストの姿に向かって成熟していくことです。新約聖書の時代、霊的に熱く燃え、成熟しているクリスチャンとして誰がいるでしょうか。パウロの名前が挙がるでしょう。


2026/02/08

ピリピ3章4-11節「キリストにはかえられません」

*** 2/4(水)祈祷会 説教概略 ***

 今日のところはパウロのBeforeAfterが証しされています。それを通して、いかにキリストによる救いが素晴らしいものであるか、尊く価値あるものであるかを改めて教えられます。パウロはこの直前のでは、肉によらず御霊によって歩むことを教えていました。肉によって見た目をよくする歩みを批判し、外ではなく内なる割礼をこそ大事にせよと教えていました。

 しかし、それはなぜかと言うと、実は彼自身が誰よりも人間的な力、肉の力に頼って歩んで来た事実があり、それが間違いであったと知ったからなのです。その結果、神様や人々を悲しませて来てしまったからなのです。その悲しませてしまった人間的なものを誇りにする歩みについて、彼は4-6節で自分の過去を振り返りつつ話しています。


2026/01/30

ピリピ3章1-3節「御霊の与える喜びに生きる」

*** 1/28(水)祈祷会 説教概略 ***

 聖書では「喜びなさい」「喜んでいなさい」と、喜ぶことを命令形で語る傾向があり、特徴的なことです。しかしなぜ、命令形なのでしょう。それは私たちが主にある喜びに生きることが、大切な神のみこころだからです。神を信頼する者は、喜ぶことによって神の栄光を現わせるのです。また、キリストにあって喜ぶクリスチャンの姿は、証しになるのです。


2026/01/24

ピリピ2章25-30節「見える結果ではなく」

*** 1/21(水)祈祷会 説教概略 ***

 私たちはしばしば、見える成果に心を奪われがちです。集った人数や成し遂げた成果、かけた時間の記録など。それらも必要な情報であり、また分かりやすい判断材料なので、健全な理解をすれば有益です。しかし、神様がよりご覧になっている部分は、きっとそこではないのでしょう。私たち自身とその心をご覧になっているはずです。そのことは私たちにとって励ましです。成果として表には現れていない部分も、主はよく見ていてくださるからです。そのプロセスのすべてもまた、主へのかぐわしいささげものなのです。


2026/01/16

ピリピ2章19-24節「信仰の友」

 *** 1/14(水)祈祷会 説教概略 ***

 私たちにとって「信仰の友」の存在はとても重要です。一人では弱くても、友や仲間が一緒ならばどれほど励まされ、強くされるでしょうか。また、友情を前提とした「信仰による主従関係」も宣教において重要な役割を持つでしょう。


2026/01/08

ピリピ2章12-18節「救いの達成とは?」

*** 1/7(水)祈祷会 説教概略 ***

 年末にある方が、ご自分の職場で出会ったクリスチャン(Aさんとします)のお話をしてくださいました。Aさんは最近亡くなられ、葬儀がキリスト教式であったことから明確に分かったそうです。ただ、職場でご一緒した際に、Aさんはとても明るく穏やかな方で、言葉や態度の端々にその香りが漂っていたと言います。みことばと生き様が一致しているクリスチャンであるように思えたそうです。また、教会でも非常に忠実な信徒さんだったとのこと。その話を伺い、Aさんのようなクリスチャンがいらっしゃることに、私もとても励まされました。


2025/12/12

ピリピ2章5-11節 「キリストを見よ」

*** 12/10(水)祈祷会 説教概略 ***

 この季節、世界中で「キリストの降誕」をお祝いしていますね。しかし、単にイエス様が「生まれた」のではなく、神である方が「人となって生まれてくださった」という意味を含めると、「降誕」という表現がより正確でしょう。


2025/12/04

ピリピ2章1-4節 「キリスト者の一致」

*** 12/3(水)祈祷会 説教概略 *** 

 妻の祖父が牧師でありましたが、そのメッセージ音声をだいぶ昔に聞かせていただいたことがあります。私たちとは違う教団でありますし、石川県という地。また、当然ながら生きた時代も大きく異なります。ですから、色々な部分で違いがあります。

 しかしそれであっても、その録音テープを聞きながら、同じキリストの福音が語られていることを知りました。「同じだ!」と思えたことがとても嬉しかったのです。


2025/11/14

ピリピ1章22-26節 「私の願いと神の願い」

 *** 11/12(水)祈祷会 説教概略 ***

 イエス様は十字架にかかる直前に、葛藤を覚え、悲しみもだえられました。そして、ゲツセマネの園にて祈りの格闘をなさったのでした。その祈りはこのようなものでした。

わが父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしが望むようにではなく、あなたが望まれるままに、なさってください」と。


2025/11/06

ピリピ1:19-21「生きることはキリスト」

*** 11/5(水)祈祷会 説教概略 ***

 先週は、不純な動機であろうがなんだろうが、イエス・キリストの福音が伝えられていることを、パウロが大きな心で喜んでいるということを学びました。私たちに対抗意識を持つ人が、私たちの周囲にもいるかも知れません。しかし、そこに心やエネルギーをとられること自体がもったいないことです。それらさえも神様の大きな愛の働きの中に呑み込んで、大切なことを失わないようにしたいのです。


2025/10/30

ピリピ1:12-18「主の大きな愛の中で」

*** 10/29(水)祈祷会 説教概略 ***

 この手紙の411節でパウロはこう語っています。「私は、どんな境遇にあっても満足することを学びました」と。どんな境遇でも満ち足りる。それを牢獄の中で言い切れるのは驚きです。それはどこから来るのでしょう。続く13節に「私を強くしてくださる方によって」とある。もちろん、主イエス・キリストです。


2025/10/23

ピリピ1章9-11節「愛を育てる」

 *** 10/22(水)祈祷会 説教概略 ***

 今日のところでは、パウロの「とりなしの祈り」が語られています。パウロがピリピのクリスチャンのために、何をどのように祈っているのか。それを具体的に伝えることによって、それ自体がメッセージにもなっています。そこで何が大切にされているのかが見えて参ります。

2025/10/18

ピリピ1章6-8節「愛の共同体」

*** 10/15(水)祈祷会 説教概略 ***

 日~月曜にかけて教会のリトリートが持たれました。時間としては決して長くはありませんでしたが、それでも普段よりゆっくり皆で過ごすことができ感謝でした。私たちのほとんどは普段は別々の場所で生活しています。教会で会うとしても、多い時で週3ぐらいでしょうか。限られた時間です。だから、ほとんどの時間、私たちは離れた別の地で過ごしています。


2025/10/08

ピリピ1章1-5節「キリスト・イエスのしもべ」

*** 10/8(水)祈祷会 説教概略 *** 

 ピリピ人への手紙から、主の御声に聴いてまいりたいと思います。この手紙は「喜びの手紙」、また「友情の手紙」などと言われています。ですので、どんな境遇でも喜びを失わない信仰、信仰の仲間との一致と協力について教えられることができると言えます。


2024/06/19

ピリピ1章1-5節「喜びの手紙」

*** 6/18(火)ほっとカフェ 講演 ***

 この手紙は「獄中書簡」と言いまして、ローマの牢獄で書かれたものです。牢獄という制限の多い環境にあったパウロによっておもに書かれました。そして、ピリピの教会に宛てたこの手紙は「獄中書簡」であると同時に、多くの人から「喜びの手紙」と呼ばれています!なぜなら、「喜び」ということばが沢山登場し、内容も喜びに満ちているからです。それは、牢獄という悪環境であっても、パウロが喜びを少しも失わなかった証拠です。


2022/07/14

ピリピ1章12-26節 「生きるにしても死ぬにしても」

 *** 7/13(水)祈祷会 説教概略 ***

ピリピ112-26節 「生きるにしても死ぬにしても」


今日は聖書人物シリーズお休みです。
「働き方改革」ということばがありますが、牧師や牧師夫人こそ、取り組むべき課題かも知れません。心理の専門家からは、大変ストレスの多い職業と言われています。また、どのようなお仕事にしても、期待や支援が多いものほど、嬉しくもあるけれど重荷やプレッシャーも大きいと言えるかと思うのです。多くの人から祈られ、支援されているということは本当に感謝な恵みであります。ただ、一方で期待や支援が多いということは、それがそのまま重荷となることもあると思うわけです。

2021/12/01

ピリピ3章12-15節「霊性の問題:クリスチャンの霊的成長」

*** 12/1(水)祈祷会 説教概略 ***

ピリピ3章12-15節「霊性の問題:クリスチャンの霊的成長」


 アドベントを迎えています。アドベントは「待ち望み」の時です。救い主イエス様のご降誕を心から喜び、また世の終わりに再臨されるキリストを待望するという意味もあります。

 しかし、「待ち望む」ということは主とお会いすることを心から楽しみにしているということです。でも、楽しみになるためには、神様と普段から親密な交わりをし、主のすばらしさをよく知っているからこそできることです。知らない相手を心待ちにできるはずがないのです。 そして、主である方を深く豊かに知って行くことこそ、私たちキリスト者の霊的成長そのものになります(霊性の中心にあること)。 
 

2020/09/28

ピリピ人への手紙4章10-14節 「あらゆる境遇に対処する秘訣」

*** 9/27(日) 礼拝説教概略 *** 

 平成のベストセラー本の中でも、200万部を突破する大ベストセラーとなった渡辺和子さんの著書「置かれた場所で咲きなさい」は読まれた方もいらっしゃることと思います。実はこのタイトルの元になったことばは、宣教師からいただいたフレーズだそうです。それは「神が植えられたところで咲きなさい」というものでした。
 
 花は植えられる場所を選ぶことが出来ません。そこが嫌だからと言って他の場所に移ることも出来ません。ただ、神様に与えられた場所で精いっぱいの花を咲かせるだけです。でも、それは神様がそこが良いと植えられた場所なのです。

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