1日(月)Ⅰコリ1章1-9節
コリントの教会は賜物の豊かな教会だった。知識のある優秀な者が多い都市であった。一方で、信仰が世俗化していたという問題があったことも否めない。そのような状況にある教会に対しても、パウロは感謝を伝えている。その感謝の理由は、神から来るものだった。4節にあるように、「神の恵みのゆえに」彼らのことを感謝していたのだ。私たちも、その人のゆえにではなく、神の恵みのゆえに、その人を感謝する者になりたい!人間的には感謝しにくい時であっても、神の恵みを見る時に感謝し得るのだから、キリスト者は不思議である。様々な知識やことばの巧みさが、コリント教会の課題になっていたとしても、本来それ自体は主からのすばらしい賜物である。だから、パウロは主を見て喜んでいた。そして、彼らの存在を感謝しつつ、彼らの間違いを正そうとする愛がそこにあった。問題だけを責めてもほとんどの場合良くはならない。存在を心から感謝する愛から始まり、彼らの幸いを心から願う愛に満たされていることが必要不可欠である。誰かの問題を指摘するとき、そこに愛はあるだろうか。その人の幸いを願う愛はあるだろうか。
1日(月)Ⅰコリ1章10-17節
引用元聖書
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