東村山福音自由教会 ✞ Sunrise Chapel: ローマ16章1-2節「人を結び合わせる働き」

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2025/04/23

ローマ16章1-2節「人を結び合わせる働き」

 *** 4/23(水)祈祷会 説教概略 ***

 いよいよ手紙の最後の章です。ここでは、人物の推薦と仲間への挨拶を送っています。手紙の最後には、このような挨拶がなされることが一般的でした。そして、この挨拶の最初では、ある信徒の推薦を行っています。それはフィベという女性信徒でした。


1.女性信徒フィベの活躍

1私たちの姉妹で、ケンクレアにある教会の奉仕者であるフィベを、あなたがたに推薦します。
2どうか、聖徒にふさわしく、主にあって彼女を歓迎し、あなたがたの助けが必要であれば、どんなことでも助けてあげてください。彼女は、多くの人々の支援者で、私自身の支援者でもあるのです。 

 パウロはここにあるように「フィベ」という女性信徒を紹介し、ローマの教会の兄姉に推薦をしていることがわかります。彼女はコリントの港にあるケンクレアの教会に属している人でした。この点からも、パウロがこの手紙をコリントから書かいた可能性が高いと言えるでしょう。

 では、このフィベという女性はどのような人物だったのでしょうか。まず、ケンクレアの教会の「奉仕者」と紹介されています。「奉仕者(ディアコノス)」ということばは、時に「執事」とも訳されるのですが、時代背景を考えると「執事」という役職ではなかったかも知れません。ただ、このことばは事務的な奉仕だけでなく、人を霊的に養い育てる奉仕者という意味で使われることばであったようです。おそらく、ケンクレアの教会にただ在籍している信徒というよりも、中心的に仕えていた一人であったと思われます。

教会において、教職者中心の組織になってしまう傾向は少なくありません。しかしながら、このフィベのように、信徒の中から霊的にも導ける人がより多く起こされていくことは、とても重要であると私は思います。特に私たち福音自由教会の良いところは、教職中心主義ではなく、信徒ひとりひとりが教会の働きに豊かに関わっていく「信徒運動」だということです。このように、信徒たちが「イエス様の弟子」として、霊的に成長し用いられていくことが、教会の成熟においてとても大切なことではないでしょうか

さらに彼女のことについては、2節の後半からも手掛かりを見つけることができます。「彼女は、多くの人々の支援者で、私自身の支援者でもあるのです」とあります。この「支援者」というのは、いわゆる「パトロン」という意味を持ち、社会的地位のある人物などが、経済面や人脈面などで支援するケースを指します。そしてここでは「多くの人々の支援者」とあるように、彼女は、経済力や人脈、社会的地位などを持ち、それらを有効に宣教のために用いていた可能性が考えられます。パウロの働きにおいても、経済面や様々な手配などで支援していたようです。

そして、2節では、ローマの人々に、彼女を歓迎するようにとも伝えています。このフィベという姉妹は、これからローマに行くことになっていたようです。おそらく、パウロのこの手紙をローマの教会に携え届ける予定になっていたのでしょう。社会的にも活躍し、教会でも忠実に仕えていた人物として、手紙をローマに携えて行くのに適した人材だったと言えるかも知れません。与えられている立場、財、人脈もまた神様からの賜物です。大切なことは、それを何のために用いるかですよね。

 

2.人を推薦する意義

 さて、パウロは、1節の最後にあるようにこの人物を、ローマの教会の人々に「推薦」しています。ローマの兄姉たちは、彼女にまだ会ったことがなかった可能性もあります。その意味で、パウロが推薦しているということはとても重要です。その後の連携、協力においてこの推薦がとても役に立っていくことでしょう。特に厳しさを持つパウロが、推薦しているということは、信頼性がより高くなりますよね。ここでは、この「推薦」ということの大切さについて、ご一緒に考えてみたいと思います。

私自身も、数えきれないほど多くの方々から、また様々な推薦や紹介をいただいてきました。それにより、多くの良い出会いが与えられ、協力して働きをすることができたことを感謝しています。推薦くださった方々と神様に感謝しています。

そもそも私は、性格的に自分から「ぜひ、その働きをやらせてください」と売り込んでいくことが得意ではありません。引き受けたならば喜んでしますけれど、自分からグイグイ行く方ではありません。しかし、これまで様々な形で推薦をしてくださる方々があって、それゆえに多くのご奉仕の機会をいただいたな~と振り返っています。いや、むしろ推薦がなければ、今の半分も出会いがなかったのでは?と思います。

この場合であれば、フィベにとっても、ローマの教会の人々にとっても、パウロの推薦状が非常に大きな安心をもたらしたのではないかと思います。人と人とを結び合わせる、出会いを提供する奉仕です。2節でパウロはこのように伝えていますね。

どうか、聖徒にふさわしく、主にあって彼女を歓迎し、あなたがたの助けが必要であれば、どんなことでも助けてあげてください。 かなり具体的なお願いです。聖徒にふさわしく歓迎をし、助けが必要ならば、どんなことでも助けてあげてくださいとお願いしています。本当に良き「推薦」がなされ、彼女が働きやすいように愛のある、配慮のある姿勢がここにあります。

 

3.私たちも推薦し合う

 人の出会いというのは、こうして推薦して、人を結び合わせることで豊かになります。いや、必要不可欠です。私の外部奉仕はほぼ全部推薦、紹介でしょう。それがあって、多くの交わりも生まれ、私たちの教会にもいろいろな方に来ていただく機会になっています。そういう意味では「推薦」というのは、人と人を結び合わせる大切な奉仕なのですよね。特に信頼できる方からの推薦というのは、双方にとって安心してポジティブに受け止めることができる前提になっていきますよね。

ですから、私たちもお互いに人を結び合わせことを意識し、積極的にそれをしていきたいものです。そして、パウロのように信頼される推薦人、紹介者になりたいのです。

そのためにも、私たちがお互にもっとよく知り合うことが大切です。牧師と信徒という交わりだけでなく、信徒同士がお互いに親しく知り合っていくことが大切です。そのようにして、お互いの弱さも得意分野もよく知り合い、互いを様々な良き働きに推薦し合い、賜物が生きるようにしていくのです。一人では何もできません。イエス様をリーダーとするチームで働きをします。それぞれの賜物をささげ合い、また、他の人の弱さを補い合う中で、主の栄光を現していくのです。「キリストのからだ」とは、まさにそのような有機的なつながりによる共同体ですよね。

 そして、あなたとAさんが仲良くなるだけでなく、AさんがBさんやCさんと親しくなれるようあなたが紹介し、推薦していく交わりです。教会の交わりがそのように網目状になって行く時、それは破れにくくなります。そのような交わりは、コロナによって分断された破れを繕い、多くの人々を孤独から救い、主のみわざを前進させるのです。




引用元聖書
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