イスラエルの子らは男も女もみな、主がモーセを通して行うように命じられたすべての仕事のために、心から進んで献げたのであり、それを進んで献げるものとして主に持って来た。(出エジプト35:29)
ゆがんだ宗教観のゆえに、キリスト信仰もしばしば誤解されることがあります。
戒律を機械的に守ることが信仰生活であるかのような誤解です。
しかし、聖書はとても丁寧に、人の心の動きを描写しています。
この場面もそうですが、「心から進んで」ということばが強調されているのです。
少し前の21節でも「心を動かされた者、霊の促しを受けた者」と語られ、旧約時代の人々もまた、義務感や恐怖心で神に従ったのではなかったことがわかります。
むしろ、神のあわれみ深さに感動し、そのみおしえの素晴らしさに感銘を受け、そこにある真実と恵みに応答するようにして、心から喜んで神に仕え、献身したのです。
むしろ、私たちの心にある固定観念や決め付けが、こうした自発的な歩みを妨げています。
焦る必要はありません。まず神に祈り、神のみことばなる聖書をよく味わいましょう。
キリスト者と語り合いましょう。
その時、不思議とこんな自分でも何かを献げたい。何かをさせていただきたいとの思いが生まれてくるはずです。
(2019年9月15日 週報掲載)