東村山福音自由教会 ✞ Sunrise Chapel: なぜ、マリアは受け入れることができたのか?
主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ませることはない。(哀歌3:33)

最新情報

【What's New !?】
6/9 説教Ⅰテサロニケ4章13-17節「再臨の主にある望み」を更新
6/8 子育て「隠れた怒りに気をつけて!」を更新
6/7 説教マルコ9章30-37節「わたしの名のゆえに」を更新
6/2 説教Ⅰテサロニケ4章9-12節「愛と落ち着いた生活」を更新

2019/12/08

なぜ、マリアは受け入れることができたのか?


マリアは言った。「ご覧ください。私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」すると、御使いは彼女から去って行った。(ルカ1:38

まだ10代の若者、そして処女であったマリアにとって、それはあまりにも唐突な話でした。目の前に天使が現れ、「あなたは身ごもり、男の子を産む。名をイエスとつけよ」と言われます。

男性を知らないマリアにとって、ありえない話に思えたはずです。

しかも、その子はいと高き者、この地の支配者、その支配が終わることはないとまで言われるのですから、信じがたい話です。

けれども、彼女は自分の心の「ありえない」という声にではなく、天使が告げた神のことばに耳を傾けました。

「親類のエリサベツを見なさい」とのことばに、神の優しさを感じます。

エリサベツは不妊症かつ高齢でした。
二重の意味で妊娠が不可能と思えました。

しかし、事実妊娠6か月目を迎えていたのです。

神がすでに奇跡を身近でなさり「神には不可能なことはない」という宣言が確かな根拠の中で語られていると気づくのです。

信仰生活とは、一人ぼっちで自分の信仰で何でも乗り越えていくものではありません。

マリアがエリサベツ夫妻に起こった奇跡によって励まされたように、私たちも自分が信じきれない時、弱さを覚える時に、周りで信仰をもって歩んでいる兄姉の姿にどれほど励まされることでしょうか。

人の常識の檻から出て、神のみわざの確かさに立つ時、「おことばどおり、この身になりますように」と信じて歩む者とされ、大いなる恵みを受けるのです。




教会へのメールはこちらから

名前

メール *

メッセージ *

Follow by Email