東村山福音自由教会 ✞ Sunrise Chapel: あなたのためのクリスマス
主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ませることはない。(哀歌3:33)

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2019/12/10

あなたのためのクリスマス

「あなたのためのクリスマス」


1. キリストはベツレヘムの家畜小屋に生まれました
 
クリスマスは神の御子、救い主の誕生を祝うものです。
が・・・、キリストは一体どんな場所に生まれたのでしょうか?
 
小さな無名の町ベツレヘム。
しかも、民家、宿屋でもなく、もちろん王宮などでもありません。
人が住む場所ではなく、家畜小屋でありました。
 
「宿屋には彼らのいる場所がなかったからである」(ルカ2:7)と聖書は語ります。
 
人間のために神が派遣した救い主なのに、宿屋に居場所を見つけられなかった。
妊婦のマリア、そのお腹の子イエスは宿屋にさえ宿泊できなかったのです。
 
しかし、ここに神の深い愛が示されていることに気づきます。
 
神である方が、人間となられただけでも自分を低くしてくださったと思うのですが、それどころか私たちでさえ病院や家で生まれているのに、イエス様は家畜小屋の飼い葉おけ(家畜のエサ入れ)に寝かされていたのですから。
 
そこは不衛生な場所。匂いがする場所。寒い場所。貧しい場所です。
しかし、だからこそ最も身分の低い羊飼いたちが救い主にお会いする事が出来たのです。貧しい者も、弱い者も、誰でもキリストのもとに招かれているのです。
 
何よりも、私たちの心の貧しさのただ中に来てくださった救い主なのだと思わされます。私たちの心の部屋こそ、家畜小屋のように汚れていて、みすぼらしく貧しいものでしょう。闇を抱え、罪にまみれているのです。風がびゅ~びゅ~入って来るような寒い孤独な心です。
本物の愛を知らない私たちの自己中心な貧しい心の現実に、主は来られました。
 
ですから、マルコ2:17でキリストはこう言われています。
 
「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためです。」
 
私たちが立派だからキリストが来てくれるのではありません。信仰熱心な者をほめるために来られたのでもありません。罪の闇の中でもがき苦しむ者をご自分のもとに招き、救い出すために来られたのです。
 


2. どうやって心の貧しい者を救うのか?
 では、キリストはどのようにして救ってくださるのでしょうか。そこには大きな愛の犠牲がありました。父なる神は、御子キリストを遣わし、十字架にいのちをささげさせました。
 
それは、罪のないキリストだけが、罪深い人間たちの罪のさばきを身代わりに受けることができるからでした。父なる神は、そのキリストの十字架での悲惨な姿を、決して助け出すことなくただただ、見守っていました。人の罪がその身に傷を負わせている事実こそ、人の罪をキリストがその身に背負っている真理を示しています。
 
キリストは十字架に磔にされ、ののしられ、唾を吐かれながらも、彼らのために祈りました。自らを殺そうとする罪深い者たち、見て見ぬふりをする自己保身の者たち、自分のことで忙しい無関心な者たち。彼らのあらゆる罪が赦されるようにと祈りました。
 
「父よ。彼らをお赦しください。彼らは自分で何をしているのわからないのです。」
 
神は罪のないキリストを、私たちの代わりに罰して、私たちの罪に赦しを与えてくださいました。御子を信じる者がひとりも滅びないように、信じる者に永遠のいのちを約束されました。
 
私たちが悪いのに、神がすべての犠牲を払い苦しんでくださったのです・・・
 
ローマ8:3 肉によって弱くなったため、律法にはできなくなったことを、神はしてくださいました。神はご自分の御子を、罪深い肉と同じような形で、罪のためのきよめのために遣わし、肉において罪を処罰されたのです。
 

 
3. ともにおられる神
 キリストを信じて受け入れた者は、もはや見捨てられることがありません。
キリストの呼称のひとつに、「インマヌエル」という名があります。

マタイ1:23 「見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」それは、訳すと「神が私たちとともにおられる」という意味である。 
 
ここにあるように「神が私たちとともにおられる」というのがイエス様の呼び名です。キリストは決して私たちを見捨てることがありません。一度心に信じた者、キリストにすがり続けようとする者を手放すことはありません。時に背を向けてしまうことや、疑ってしまう私たちの弱さも知っておられて、その時もわたしがあなたをおぶっていると教えてくださるようなお方です。

「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない」(ヘブル13:5)

 どうかキリストを心にお迎えし、その闇を照らしていただきましょう。どんな時にもあなたを見捨てない方。遠くにおられるような方ではなく、いつでもあなたのすぐ隣にいて抱きしめていてくださる救い主。この方とともに歩んでいきませんか?



 

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