東村山福音自由教会 ✞ Sunrise Chapel: 出エジプト記1章「勇敢なシフラとプア」
主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ませることはない。(哀歌3:33)

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現在、コロナの感染状況を考慮し、夜の祈祷会はお休みしています。先日の地震で被災された方々の上に神の慰めと支えがありますように。

2022/06/01

出エジプト記1章「勇敢なシフラとプア」

 *** 5/18(水)祈祷会説教概略 *** ※以前掲載しそびれた分です

 今日のタイトルは「勇敢なシフラとプア」。クリスチャンでも「え?誰?」との反応が多くかえって来そうな名前です。しかし、とても勇気ある女性たち。イスラエルを救った勇者たちの名前なのです。何者でしょうか?

 彼女たちはイスラエルの助産婦たちでありました。ヨセフの時代に、イスラエルの一族は食糧難でエジプトに逃れて来ました。それ以降エジプトのゴシェンの地でこの民は過ごしてきましたが、ヨセフたちも死んで時代が過ぎ、ヨセフのことを知らない王様がエジプトを治めるようになっていきました。その間にもイスラエルの人口はどんどん増えて行きました。そこで、ファラオは思ったのです。9-10節です。

9節 彼は民に言った。「見よ。イスラエルの民はわれわれよりも多く、また強い。10節 さあ、彼らを賢く取り扱おう。彼らが多くなり、いざ戦いというときに敵側についてわれわれと戦い、この地から出て行くことがないように。」 

 イスラエルの民が強大になって、敵対することを恐れたのです。ヨセフのことを「知らない」という問題がかなり深刻です。いじめも互いによく知っていると起こりにくいと言われます。知らない相手、異世界の不気味な存在には、恐れから「敵対意識」が生まれやすいものなのです。そういう意味でも互いに知り合うことはとても大切なことですよね。

 未信者の方々にも、教会が居場所になっていただくには私たちの方から、心を開いて歩み寄って行く姿勢がいつでも大切ですね。

さて、こういう背景があって、ファラオをイスラエルに対して重労働・重税を課して使役し力を削ごうとしました。それでもこの民は神の祝福のもとにありましたので、増え続け成長していきました。そこで、ついにファラオは非人道的な恐ろしい命令を出します。15-16

15節 また、エジプトの王は、ヘブル人の助産婦たちに命じた。一人の名はシフラ、もう一人の名はプアであった。16節 彼は言った。「ヘブル人の女の出産を助けるとき、産み台の上を見て、もし男の子なら、殺さなければならない。女の子なら、生かしておけ。」

 とんでもない命令です。男の子はみな殺さなければならないと言うのです。将来兵士になることを恐れてのことです。もし、この命令通りにすべてなされてしまっていたら、イスラエルを救い導く、あのモーセも殺されたいたことでしょう。けれども、この二人の助産婦たちは、とても勇敢でした。17節にこうあります。

17節 しかし、助産婦たちは神を恐れ、エジプトの王が命じたとおりにはしないで、男の子を生かしておいた。 

 彼女たちは決して武勇にすぐれた人ではないでしょうし、何か人の先頭に立って導く人たちではありません。けれども、イスラエルの民を守った勇者たちと言っても良いでしょう。エジプトの王ファラオの命令に公然と従わなかったのですから。

 ただ、なぜ、それができたのでしょうか。

 ここにあるように神を恐れたからです。それは「産めよ。増えよ。地を満たせ」と命じられ、いのちの尊さを教えておられる神様をまことの世界の王、従うべきお方であると信じる姿勢でした。主の教えを尊んで、勇気をもって小さないのちの一つでも失われないように守った二人でありました。

 それでも、エジプトという国に住んでいるわけですから、その王の命令に背くということは本当に命がけの行動だと思います。このことは、当然にファラオの耳に入りました。やがて彼女たちは王から直々に呼び出されます。

18節 そこで、エジプトの王はその助産婦たちを呼んで言った。「なぜこのようなことをして、男の子を生かしておいたのか。」 

 彼女たちはどのように答えたのでしょうか。

19節 助産婦たちはファラオに答えた。「ヘブル人の女はエジプト人の女とは違います。彼女たちは元気で、助産婦が行く前に産んでしまうのです。」 

 正直、冗談のようなユーモラスな答えですが、神様が与えてくださった知恵によるのだと思います。ヘブル人のことをよく知らないエジプトの王です。

 すごい増え方をする様子を見ていると説得力があったのかも知れません。かと言って、さすがに兵士の手によって、あからさまに殺すようなことをすれば、当然イスラエル人たちの怒りを買い、争いになるでしょう。秘密裏に減らしていこうとする策だったのでしょうけれど、思うように行かなかったのです。

 ただ、その背後には神様の守りがあったということです。

 そして、主の守りがあることを信じて、世の王ではなく主を信じて従った二人の女性の勇敢な信仰があったということです。


 かなり古い映画ですが、「炎のランナー」という映画がありました。イギリスのオリンピック選手だったエリック・リデルさんのストーリーです。彼は100m走の選手で、パリ五輪で「金メダル間違いなし」と言われた人でした。しかし、その予選会が日曜日の礼拝と重なってしまったのです。それで彼は「日曜日は礼拝に出るので、予選会には出ません」と言いました。

 国の威信をかけたスポーツの戦いです。ついにはイギリスの国王が直々に彼に依頼し、たった一度の礼拝などお休みして、国の名誉のため是非予選に出るようにと説得したのです。なんと、それでもエリックは「NO」と言いました。礼拝を選んで100mの予選会に出なかったのです。早朝礼拝とか夕拝とか方法は色々あると言えるかも知れません。でも、私は、彼の礼拝を大事にする姿勢、王様よりも神様を尊ぶ信仰の姿勢に深い感動を覚えましたし、実に多くのクリスチャンを励まして来たエピソードだと思うのです

 それゆえに彼には喜びがありました。さらに彼は結局、予選が日曜に重ならない200m走に出ることになり、栄冠を手にしたのです。


 今日の二人の助産婦、シフアとプアもまた、王様ではなく、神様を心より愛し従いました。その結果、このイスラエルの民はさらに増し加わり、強い民となって行きました。それだけでなく、彼女たちも祝福され、彼女たちの一族、その家全体も神様によって豊かな繁栄をいただいたのです。

20節 神はこの助産婦たちに良くしてくださった。そのため、この民は増えて非常に強くなった。

21節 助産婦たちは神を恐れたので、神は彼女たちの家を栄えさせた。

 今、長らく日本のキリスト教会の中心を歩んできた日本基督教団の皆さんが、非常に大きな危機感を持っていらっしゃいます。「日本基督教団の2030年問題」というものがあります。このままいくと、2030年には、教団の多くの教会で、教会員の3分の275歳以上となる。この年には教団の教会は半分ぐらいがなくなってしまうのではないか?と懸念されているということです。そこで色々な対策を検討しているというものです

 ただ、これは恐れかれ早かれ、福音派の多くの教会も直面していく課題です。そもそも日本全体の高齢化、少子化は加速していますので、社会全体の割合としてもそうなっていきますから。 

 でも、この時はある意味私たちチャンスなのだと思うのです。

 この世の価値観に従うのではなく、神様のみこころに生きて行く時、イスラエルの民を非常に増やされたように、キリスト者を豊かに増やしてくださると私は信じています。

 日本全体の人口は減少傾向ですが、神の民は豊かにされていくことが可能だと信じています

 でも、それは、神様を恐れる姿勢抜きには語れません。教会がこの世と同じようになれば、同じ道をたどるのは当然ですよね。

 2030年問題に対する本当の対策は、主を恐れ、主のみこころにまっすぐに従って行くことではないでしょうか。

 シフラとプアが、王よりも主を恐れ従ったように、小さな子たちのいのちを尊び、彼らをいのちがけで守ったように。神様はそれゆえに、この民、彼女たちの家も豊かにしてくださいました。私たちにも同じようにしてくださる主であります。




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