この教えは有名で「目には目を、歯に歯を」と略して語られることがあります。ただ、その意味を誤解されていることが多いように思います。ハムラビ法典にも似た教えがありますが、全体の文脈、本質ともに異なっており一緒にすることはできません。さて、この教えにはどのような神の意図があるのでしょうか。第一に、失われたものの尊さは、同じものを失って初めてわかるという事です。償いは同じ犠牲でと教えることで人命、身体の大切さを教える規定なのです。第二に、倍返しの復讐をさせず、正式な裁判にて刑罰の重さを制限する教え(上限を設定する教え)でありました。それを超えて刑罰を与えてはならず、公平性を保つ意味があったのです。こうした考え方が現代の法の土台にもあります。あらかじめ定められていない刑を執行してはならないという「罪刑法定主義」という刑法の基本原則に影響を与えていると言えるでしょう。神様の公平性、復讐を良しとしないお考え、傷つけられた者への思いやり、それらすべてが配慮されています。
(2019年2月3日 週報掲載)