聖書

すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイの福音書11章28節)

2019/03/03

自ら進んで、全き心をもって

民は、長たちが自ら進んで献げたことを喜んだ。彼らが全き心をもって、自ら進んで主に献げたからである。ダビデ王も大いに喜んだ。 (Ⅰ歴代誌29:9)  

 喜びにあふれているイスラエルの民の姿がここにあります。それは祈り求めていたものが与えられた喜びではありません。病がいやされた喜びや何かを完成させた喜びでもありません。それは「献げる」喜びでした。喜びの理由は何でしょうか。第一に、主のために、主の宮のために「献げられた」という喜びです。むなしく消え去るもののためでなく、永遠の神の栄光のために財を献げた喜びです。第二に、嫌々ではなく「自分から進んで」、しかも心からの平安のうちに「全き心をもって」献げられた喜びです。強いられてではなく、騙されてでもなく、虚栄心からでもなく、ただ主のために自分の意志で進んで献げたゆえに喜びがあふれているのです。心を献げた喜びです。第三に、個人的な喜びではなく、他の人々が主を信頼して喜んで献げているのを見て喜んだというともに献げた喜びです。共同体としての喜びであり、一人二人では不可能なことでも、主に導かれともに献げ合っていくとき豊かにされます。新会堂建設の中で私たちは今、現にその喜びをともに味わっているのです。

(2019年3月3日 週報掲載)

教会へのメールはこちらから

名前

メール *

メッセージ *

お金では入れない天の御国

アブラハムは彼に言った。『モーセと預言者たちに耳を傾けないのなら、たとえ、だれか死人の中から生き返っても、彼らは聞き入れはしない。』」(ルカ 16:31 )  主イエスは、金銭を愛するパリサイ人にたとえ話をなさいました。  ここでは死んだ二人の人の異なる末路があります...