聖書

すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイの福音書11章28節)

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2019/06/24

造り主を知り、安心して生きる


マタイ11:28  すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
 
現代人は常に疲れていると言えます。心も体もです。
 
当教会の集い「ほっとカフェ」は、そうした心身の疲れから少しでも解放される時となることを願うものです。
 
でも、それで終わりであって欲しくありません。
一時的に楽になっても、またしんどくなりますよね?
 
ですから、ここだけで、「終わらない安らぎ」「いつまでも残る平安」を得て欲しいというのが私の願いです。それは私たちの造り主である方がよくご存知で、私たちにいつまでも続く平安を得て欲しいと願っています。「平安」とはヘブル語で「シャローム」。神様との健全な良い交わりがある状態です。
 
雛が親鳥の翼のもとでいつでも安心していられるように、私たちの造り主、愛の神様の腕に抱かれて歩む日々は最も安心なのです。造り主をいつも覚えること以上に安心な日々はありません。
 
マタ6:25 ですから、わたしはあなたがたに言います。何を食べようか何を飲もうかと、自分のいのちのことで心配したり、何を着ようか、自分のからだのことで心配したりするのはやめなさい。いのちは食べ物以上のもの、からだは着る物以上のものではありませんか。  
 
私たちのこの命はどこから来たのでしょうか。
私たちは誰も命を生み出すことはできません。
命は神様からの賜物、プレゼントです。
 
その命をくださった神様は、その命を健全に保つことを望んでいないということがあるでしょうか?
 
神様はこの世界で最も矛盾を嫌うお方です。常に一貫しており、秩序立っており、論理的です。ですから、命を与えておきながら、その命を人が保てないようにすることなどあり得ないのです。
 
むしろ、人がその命を豊かに保てることを願い、そのために必要なものをすべて与えてくださるのです。それを知っているのならば、多くの心配は不要だと知るのです。
 
ですから、26節にあるように、「空の鳥を見なさい」とイエス様は語りかけられました。

 
マタイ6:26 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。それでも、あなたがたの天の父は養っていてくださいます。あなたがたはその鳥よりも、ずっと価値があるではありませんか。
 
この世界を見る時に神の御手を発見できますよ!というのです。
空の鳥は、農業をしていますか?倉に納めて管理していますか?鳥保険に入っていますか?していません。
 
でも、心配しないで今ある命を精一杯生きています。それは、天のお父さんが養ってくださっているからです。鳥たちの方が、造り主によって養われていることを本能的にわかっているのかも知れません。
 
人はそれを見て知ることができるのだとイエス様は「空の鳥を見なさい」と教えられたのです。
 
そして、イエス様ははっきりと、この鳥たちよりも「神の目にあなたがたは価値ある者とされている」と言われたのです。
なぜ、そう言えるのでしょう?
根拠は何でしょうか? 
 
ローマ8:32 私たちすべてのために、ご自分の御子をさえも惜しむことなく、死に渡された神が、どうして、御子とともにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがあるでしょうか。 
 
これ以上の根拠はありません。
一番大切な神の御子を、約2000年前のクリスマスにお与えになったのですから!神様は矛盾することをしません。御子を与える犠牲を払っておきながら、人間をないがしろにするはずがないのです。御子を与えるほどの愛があるのですから、人にそれ以外のあらゆる恵みをくださらないはずがありません。
 
この造り主を知る時、私たちは「神にゆだねて安心して生きる」ということを知るのです。

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