聖書

すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイの福音書11章28節)

2019/07/09

時には嫌われても・・・



 近年は「友達親子」という感覚が増えているように思われます。
 
 もちろん、そのような親しい距離感は悪いわけではなく、むしろ良い面が多いと言えるかと思います。仲良くコミュニケーションできるということ自体は良いことです。
 ただし、ここに大きな問題があることを社会も今気づき始めています。

20191月のNHK「けさのクローズアップ」にて・・・
 
「叱れない親」の問題を扱っていました。
 
飲食店でも「小学生未満入店禁止」とする店が出て来たり、しつけが出来ていない、マナーが守れない子どもたちの課題が浮き彫りになっています。それは子どもの責任ではないのです。親が叱らないという課題です。
どんな親になりたいかというアンケートで、「厳しい親」と答えた人は父、母ともに10%代。

 
 
しかし、
「友達のような親」と答えた人は・・・ 父 54.2%、母 79.2  でした。
 

 
 他の番組の10年ほど前の調査でも・・・
 
「親とは友達のように仲が良いけれども、何でも話せるわけではない」と答えた子が大半だったそうです。
 
本当に大切な部分のコミュニケーションは意外に出来ていないのです。
「本音では話さず、ほど良い距離を関係を保っている」というのが現実なのではないでしょうか。


 

友達親子の課題は?

「子どもに嫌われたくない」、「深刻な問題と向き合いたくない」という思いから、子どもに気を遣い遠慮し、「言うべきことが言えない」ということが起こっています。
 
これは子育てとしては大きなマイナスではないでしょうか?

子どもは「その弱み」を見抜きます。
 
親が子どもに「嫌われたくない」と思っていることに当然気づき、そこをついてきます。「もうお母さん嫌い!」そう言われてそっぽを向かれるのを恐れては子育ては出来ない。
「嫌いで結構、私はあなたのためを思って真剣に言っている!」と言えるようでなければ、もはや心理戦で子どもに敗北。子どもはそれを利用して、親をコントロールする

そして、親のこの部分を子どもは自分でも身につけてしまう。自身が「嫌われることを極端に恐れる生き方」になり、今度は自分が利用されるのです。
 
本来親子関係は、一番叱ってもらえる場です。
 
他人はやはり遠慮して注意できない。今の時代は特に。
 
だからこそ親が叱ってあげないと誰にも叱ってもらえず、間違いに気づかず、勘違いしたまま大人になります。
 
親もまた自分をよく知る子どもの意見によってはっとさせられることが必要です。これは親の責任です。


では、どうすればいい?
「偽りの舌は、真理を憎み、へつらう口は滅びを招く。」(箴言26:28
 

「しかし、真理を行なう者は、光のほうに来る。」(ヨハネ3:21
 
(聖書はいずれも新改訳第三版より引用)
 
 親は本気を示さないといけません。もちろん、いつもだと大変です。
 
 でも、大事な時には本気で叱り、本気で向き合い、人生をかけてアナタを育てているんだということを見せる必要があるのです。
 
 親として「言うべきことを言う」こともまた、子どもを愛することです。親には、子どもに反発されても、嫌われてでも、言わなければならないことがあるのです。

 真実なことばが、子どもたちを破滅から救い出し、光の人生へと導くことを忘れないでください。
 
あなたの子育ての祝福がありますように!

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