東村山福音自由教会 ✞ Sunrise Chapel: 子育て 「共育」ということ

聖書

すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイの福音書11章28節)

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2020/09/09

子育て 「共育」ということ

 「共育」ということを考える
2つの意味をここで覚えたい>



1. 神様とに子どもをてる

Ⅰコリント3:6-7 
私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させてくださったのは神です。
ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。

 人を成長させてくださるのは神様です。
 植物を育てる時、私たちにできることは、耕し、種蒔き、肥料、水やり程度です。
 私たち自身が種から芽を出させ、葉を茂らせているわけではありません。

 夜寝て、朝起きたら芽が出ているなんて経験がありますよね。
 寝ている間に神様が育てていてくださるということです。

 人間も私たち親ができることには「限界」があることを覚えましょう。
 でも、私たちの手の届かない、目の届かないところでも神様はご存知で、私たちの祈りを聞き、助けを与え子を守り育ててくださいます。
 何より人間をデザインされた神様のおことばから教えられて育てていくとき、私たちの理解を超えて豊かに良い実を実らせるようになります。

 一人で背負い過ぎず、私たち人間には限界だらけであることを覚え、何より神様が共に育ててくださっているのだということを信じて、ゆだねるべきはゆだねていきましょう。



2. 一人ぼっちで頑張る子育てではなく、他の方たちと協力してにする子

育児における一つの大きな危機、それは一人で抱え込むことではないでしょうか。
育児ノイローゼの原因は孤独です。育児の大変さそのものと言うよりは「孤独」ではないでしょうか。
孤独は育児に限らず、私たちの心を折れさせてしまいます。
育児の落とし穴・・・子どもがいるので、実際は一人ではない。でも、孤独とは、人数の問題じゃないですよね。自分の痛みや悩み、大変さなどを理解してくれる人がまわりにいないことが孤独です。

 聖書は「さばいてはいけません。あなたも同じようにさばかれるからです。」と教えています。ですから教会では、お互いが赦された罪人の集まりとして、お互いをさばいたり上から目線でということを慎むよう学んでいます。
 それゆえ、教会の交わりでは、お互いに受け入れ合う。励まし合う。本音で語り合える場である。

 共感し、共感されることが人には必要です。

 こうやって一人で頑張り過ぎないことが、あなたのためにも、そしてお子さんのためにも有益です。肩の力を抜き、互いに励まし合い、背後で神様が守り養っていてくれると信じて歩むことで、自分で全部を背負い込むプレッシャーから解放されるわけです。

 伝道者の書7:13 神のみわざに目を留めよ。神が曲げたものをだれがまっすぐにできるだろうか。

 子どもたちの性質の中には、私たちが好まないものもあるでしょう。もっとこうであって欲しいというのがあるでしょう。でも、どんなに指導し注意しても変わらないものがある。
 それはむしろ変えてはいけないものかも知れません。神がそのようにカーブさせているのなら、それを受け入れて行くことも必要です。



 結果として、3つ目の共育に導かれる。

 それは子育てを通して、アナタ自身も共に育てられていくということ。そしてアナタ自身がこのような学びをし、分かち合い、心も知識も成長するならば、それは必ずお子さんにとって、家族にとって、アナタが接するあらゆる人にとって益になっていきます。

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