東村山福音自由教会 ✞ Sunrise Chapel: 赦しの力 ~返却された「鬼滅の刃」~

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すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイの福音書11章28節)

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2020/10/16

赦しの力 ~返却された「鬼滅の刃」~

赦しの力 ~返却された「鬼滅の刃」~


 山口県の温泉施設「おんせんの森」で、無料で読める漫画本コーナーがあるそうです。実にこの漫画、子どもから青年世代に絶大な人気があり、鬼滅グッズをおまけにするだけで売り上げが数倍になるほどの経済効果があります。スーパーのお菓子コーナーでも、鬼滅のおまけがあるお菓子だけはすぐに売り切れになってしまうほどです。それだけの人気があるので漫画本を買いそろえるのも容易ではなく、探し回って買いそろえたということでした。

 ところが、そこに納められていた人気漫画「鬼滅の刃」20冊分が盗まれたという事件がありました。
 手に入れるのも大変なことから、ネットでは同情する声も多くあり、幾人かの方はこの温泉施設に寄付をされて、190冊もの寄付が寄せられたそうです。

 さて、そのように大きな騒ぎが起こる中、ついに盗んだ方が謝罪とともに全部を返却されたというニュースを見ました。内容を見ながら良かったなと思うとともに、少し考えさせられたことがあります。

 盗んだ本人は、読み終わったら返すぐらいのつもりでいたが、世間が大騒ぎになっていることに気づき、怖くなって返すに返せなくなっていたとのことでした。多くの人から攻撃される・・・非難され叩かれる・・・確かにそれを考えると逮捕されるよりも恐ろしい気がします。

 いわゆる「私刑」と言われるもので、ネットで袋叩きにあったり、住所等が特定されると嫌がらせやイタズラ電話なども起こります。それは得体の知れない恐怖を感じるものでしょう。

 では、なぜこの人は返却することができたのでしょうか?

 この人は温泉施設の方の寛大な対応に心が動かされたようなのです。警察に届けることも可能でしたが、それをせず「こっそり返してくれればいいです」とネットを用いて、メッセージを発信していたのです。

 返却された方は施設に電話をし、手紙を添えて全巻返却されたようです。
 その声は震え、反省と謝罪の意を表されたとのことです。

 人は反省し償おうと思っても、赦しのない世界に踏み出すことは非常に難しいものです。自分のしたことへの相応なさばきは受け入れられても、その何倍にもなり、しかも権限のない無関係な人からも攻撃されると思えば怖くて進めなくなることでしょう。

 この施設の方は、そのあたりのこともよく気遣い、きっと怖くなったのでしょうと思いやっていますし、反省して返してくださったのだからもうこれでいいと言われました。

 施設長さんは「SNSには無限の可能性があること」、同時に「時として人を傷つける刃となること」を改めて実感したともおっしゃっています。それゆえに、皆さんに以下のように訴えているのです。

 「これ以上その方に対して、誹謗中傷をしないでしないでいただけないでしょうか」

 「私の本当の思いは改心をして本を返してくれることでした。ご本人が勇気をもって返してくれたということで、私の思いは遂げられました。」

 個人的には、非常に良い対応だと感心しました。
 大騒ぎになり、みんなから攻撃されると思えば誰でも恐れて改心する機会をかえって失ってしまいます。集団リンチが待っていると分かっていながら、そこに出ていけるほど勇気のある人は多くないでしょう。

 でも、そっと返してください。それでいいですよ・・・という赦しの姿勢、寛大さに触れる時にこそ、かえって罪悪感と向き合い、申し訳ないことをしたと思えるのではないでしょうか。無関係の人から責められることは、不当なさばきになりますから、かえって怒りさえ感じてしまうかも知れません。

 しかし、当事者がこれ以上責めないでくださいと皆にお願いをし、その勇気ある謝罪と償いを受け入れたことは、お互いにとって最良だと私は思うのです。この人も返せないままの人生はこれから先もずっと後を引く闇の日々です。自分のしたことについて清算できていないのは苦しいことでしょう。

 施設の方も自分の願いが相手に届いたことが一番なのであって、その人を苦しめることが目的ではないという明確な立ち位置を持っていることが幸いだと思いました。

 これは、聖書の価値観と非常に似ているように思います。
 赦しがまず提示されているのです。そして神様は人をさばくことを目的になさらない。さばくためではなく、滅ぼすためではなく、立ち返って幸せに歩んで欲しいがゆえに、罪に気づかせ、ご自分のもとに謝りにおいでと招かれるのです。

Ⅰヨハネ1:9  もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。

 その勇気を喜び、温かい慰めをもって傷ついた心を取り扱ってくださいます。
 神様は悔い改める者には徹底して赦しといやしを与え、立ち直らせてくださいます。

イザ 43:25 わたし、このわたしは、わたし自身のためにあなたの背きの罪をぬぐい去り、もうあなたの罪を思い出さない

 こうして神の赦しを学ぶとき、私たちは他の人に対しても赦す力を得ることができます。赦しは人を滅ぼすのではなく、改心へと導き、立ち上がらせて良い働きに招きます。そこに赦しの驚くべき力があると言えるのではないでしょうか。

マルコ 11:25 また、祈るために立ち上がるとき、だれかに対し恨んでいることがあるなら、赦しなさい。そうすれば、天におられるあなたがたの父も、あなたがたの過ちを赦してくださいます。」

 悪いものは悪いとする正義が必要です。
 同時に、心からの悔い改めには赦しが必要です。
 人が人を叩きつぶす闇から、誰でも本気で改心するならやり直せる光へと神は招き、いつも語りかけておられます。

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