東村山福音自由教会 ✞ Sunrise Chapel: Ⅱテサロニケ2章1-5節「心を主に治めていただく」
主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ませることはない。(哀歌3:33)

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2021/08/26

Ⅱテサロニケ2章1-5節「心を主に治めていただく」

*** 8/25(水)祈祷会説教概略 *** 

 この手紙の2章から、いよいよ本論に入ると言っていいでしょう。テサロニケの教会では、惑わす情報があれこれあったようです。特に、キリストの再臨についての偽りの情報が流れ、既にそれらに惑わされる人々が出て来ていました。

 私たちの時代は、当時よりもさらに偽りの情報、惑わしの情報であふれている時代と言えるでしょう。特にコロナウイルスの事について言えば、何が正しいのかはまだまだ分からないと言ったところです。しかし、このような時こそ落ち着いて冷静に判断して歩みたいものです。イエス様も弟子たちに対して、「蛇のように賢く、鳩のように素直」であるようにと教えられました。素直という部分は、多くのクリスチャンに当てはまるような気もしますが、案外蛇のように賢く、聡くという部分は弱いかも知れません。

 みことばも私たちがしっかりと落ち着いて心を騒がせず、また騙されたりしないように、教えに堅く立って歩むようにと励ましてくれています。

Ⅱテサロニケ2章1節
1節 さて兄弟たち。私たちの主イエス・キリストの来臨と、私たちが主のみもとに集められることに関して、あなたがたにお願いします

 パウロはここで、キリストの来臨とその時に信者が集められることについて、あるお願いをしています。どんなお願いなのでしょうか。続く2節でお願いの中身が語られていますね。 

Ⅱテサロニケ2章2節
霊によってであれ、ことばによってであれ、私たちから出たかのような手紙によってであれ、主の日がすでに来たかのように言われるのを聞いても、すぐに落ち着きを失ったり、心を騒がせたりしないでください。

 彼のお願いの核心部分です。整理すると「主の日がすでに来たかのような様々な噂話を聞いても、落ち着きを失ったり、心を騒がせたりしないでください」というお願いでした。

 続く3節の冒頭でもどんな手段だろうが、誰であろうが騙されてはいけませんとも語られています。つまり、パウロがここで伝えたいこと。それは、心をしっかりと落ち着かせ、だまされずに神のみこころに立つことです。特にすでにキリストの再臨があった、もうこの世はお終いだという非常にインパクトのある情報が流れましたが、それに惑わされ落ち着きを失ってはいけないということでした。

 私たちの周囲にも様々な偽物の情報があふれています。しかも、偽預言者などは教会と無関係のところから起こるのではなく、教会の中から、キリスト者共同体の中から出て来るものと言うべきかも知れません。実際、旧約聖書の偽預言者たちは異民族から出て来たのではなく、神の民イスラエルの中から出て来ました。

 鵜呑みにせず、ひとりひとりがみことばをよく学び、牧師が道を外さないよう祈り支えて行く必要もあるということです。

では、落ち着いた心で対応するには、どうしたら良いのか?みことばはどう教えているのでしょうか。少し飛びますが5節でこう語られていますね。


Ⅱテサロニケ2章5節
私がまだあなたがたのところにいたとき、これらのことをよく話していたのを覚えていませんか

 「覚えていませんか」と読者にたずねる理由・意図は何でしょうか。思い出して欲しい、覚えていて欲しいということですよね。つまり、私たちがどんな時にも落ち着いて心を騒がせることなく対峙するための方法は、正しい教え、健全な教えをしっかりと心に握っておく、心に覚えておくということです。

 家を管理する人間を例にとって考えてみましょう。家に住んでいる人が管理をまるでしないだらしない人ならば、その家は汚くなっていきますね。じゃあ、その人を家から追い出したらきれいになるでしょうか。誰も住まなくなった家も、どんどん朽ちていきますね。さらに勝手に誰かが住み着くということがあるでしょう。ですから、そこにきちんと管理する良い人に住んでもらうのがベストでしょう。私たちの心も同様です。悪い情報を入れてばかりいると、どんどん心が歪み悪くなります。じゃあ、からっぽにすればいいのか?違います。からっぽにすれば、また悪い何かが入りやすいのです。

 ですから、正しい良いものをしっかりと心に留めておくことが大切なのです。人の心は常に飢え渇いて何かを欲しています。そこに満たされる良いもの、愛と真理の教えを入れておけば良い状態を保てるでしょう。他の惑わすものが入る余地がなくなるのです。

主イエス様に住んでいただき、神の教えで満たされるならば、惑わしを跳ね返すことができるのです。 また、3節の最初に語られているように、騙す者は「あらゆる手段」を講じて来ます。それを知って、騙されないように対策しましょうということです。2節の中では、パウロから出たかのように見せる手紙であれ、それらのウソの情報に惑わされないようにと語られていました。こう書いているぐらいですから、きっとニセの手紙が出回ったのだろうと思います。あり得そうですね。パウロの名前を入れておけば、権威があると考えられていたからです。

これについて興味深い話があります。実はヘブル人への手紙には著者名が記されていなかったので、権威が疑われていた時期があります。そこで、一部の人々はパウロが書いたのだと強く主張したのです。権威付けのためです。ところが、調べれば調べるほど、どうもパウロではないと思われて来るのです。中世以降はパウロが著者であると言う学者はかなり減ってしまいました。私はほぼ間違いなくパウロではないと思っています。パウロの他の手紙を読むほどに、彼の特徴と明らかに異なっているからです。じゃあ、誰が書いたのか?私の答えは「わからない」です。無理やりに誰の書いた手紙だと決めることが大切なのではありません。むしろ、権威付けのために名を利用するなら、偽の手紙を生み出すことになりかねません。

より大切なことは、誰が書いたかではなく、その中身が神から出た真理なのかどうかです。ヘブル人への手紙はパウロ書簡に全く引けを取らず内容に優れ、また旧約にも精通し、イエス・キリストの救いを正確に説き明かしています。

つまり、本来は、パウロという名を語れば権威を得られるのではないのです。その中身において、神のみこころなのかどうかが大切です。オレオレ詐欺も「自分の息子の名を語ったから信じる」ではなく、話し方や話している内容そのものをよく吟味し、本人かどうか中身を確認することが大切ですよね。

テサロニケの教会でも、パウロの手紙を装うニセモノが出回った可能性がありますが、その中身において判断するならば見分けることができるのです。

パウロが既に教えていたこととして、終わりの時には様々なしるしがあるということでした。ここでは、3-4節において、背教は当然に起こることや、不法の者がはびこること、「滅びの子」と呼ばれる者が現れることを語っています。彼らはキリストに敵対する者たちであって、サタンの手先となった人間でしょう。しかし、これらは必ず起こることであって、キリストの再臨の前触れであると聖書は教えていますね。 4節によれば、

Ⅱテサロニケ2章4節
不法の者は、すべて神と呼ばれるもの、礼拝されるものに対抗して自分を高く上げ、ついには自分こそ神であると宣言して、神の宮に座ることになります

ここまで明確な権力を持つ存在は、まだ現れていないように思います。かなり大それた内容ですね。少なくとも当時の社会では、ここまでの存在はまだ登場していないという理解でした。そういう面からも、まだ主の日は来ていないだから落ち着いて、冷静に主の教えを吟味しながら、今の時を見分けていきましょうとパウロは勧めているのです。

 私たちも今の時代にあって、永遠の真理である神のみことばの上に堅く立って、揺るがされない者でありたいと願います。惑わしは山ほどあります。それっぽく見せるニセモノも多くあるでしょう。

みことばに立ちましょう。普段から主を親しく求め、このお方をよく知りましょう。この方をよく知っていれば間違うことはないでしょう。心にしっかりと主キリストに住んでいただいていれば、別の主人を心に迎える余地などないでしょう。




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