*** 6/13(火)ママ’sカフェ *** 子育て講演
子どもたちのセルフイメージ(自己肯定感)を改善できたらと願います。
赤ちゃんの頃は、ある意味では自己肯定感の塊のようです。何もできず、迷惑をかけ続ける日々なのに、愛されています。また、この世界の怖さを知らないからでしょうか。
ハイハイで何も恐れずに好きなところに行きます。危険を顧みずに行動できるのです。何でも口に入れてみますね。とことんポジティブな状態だから、この世界のことを吸収する速度がどの世代よりも早いと言えるかも知れません。
そして、引きこもらない(赤ちゃんの引きこもりって聞かないですよね)。
でも、成長とともに、知恵が進み、社会性を学び、このポジティブさは失われていくものです。それが「罪の世」なのです。
親や友達、学校の先生から、それはダメだ、それは良くない、それは無理だと言われてしまいます。あるいは失敗体験で大きく傷ついてしまうことで恐れが生まれていきます。やがて、少しずつ自分を肯定できなくなっていくことでしょう。
基本的にはそれは、この世界の歪みです。特に日本社会は恥の文化、比較の世界、自己主張をせず、みんなと一緒が美徳。個性を失わされ、失敗を許容せず、NOを言わせない社会。
ほぼ、誰でも自己肯定感は低下します。高慢な人、自慢ばかりする人、優越感が強い人も同じです。劣等感が強い人は、優越感も同じふり幅で出ます。どちらも今ある自分、ありのままの自分を受容できていないので、人との比較でそのどっちかの方向に振れるだけです。
誰もがこの課題があるのは、この世界が悪いから。責任転嫁ではなく、そこは事実なので認めましょう。
そこで大切なことは・・・
大切なことは、この暗闇の世にあっても、セルフイメージは良くなることが可能だということ。少なくとも、大いに改善が可能です。
幼い頃でなくても全然間に合う。大丈夫です。親自身もできます。遅すぎることは決してないので、少しずつでも取り組みましょう!!
セルフイメージが健全な人は、高ぶらず、卑屈にならない。
人の声に流されない自分を持っているので、むしろ他の人の意見を率直に聞けます。
流されるのが怖い人は、結局は人の意見も謙虚に聞くことができなくなるのです。
どうしたら??
1.偶然で生まれたのではなく、デザインされた存在であると知ろう
創世記1:26-27 そこでは神のかたちに似せて、神の良いご性質をしっかりといただいて造られたことが語られています。「さあ、人を造ろう」という神の意欲があり、この地の管理をゆだねてくださいました。人をそれほどに尊く、ご自身の分身のような存在として造られたのです。
アナタは、神様からデザインされ、大切な存在として造られたのだとわかります。できないことなんて、いくらあってもいいのです。それは個性。違っていていい。違っているからいい。愛をこめて造られたのです。
この事実は、罪の世になっても変わりません。
ただし、キリストにあって神との交わりを回復することで、本来の神のデザインのイメージへと変えられていくようになる。
2.人の評価はアテにならない
正しいメッセージを聴くこと
・羊は羊飼いの声を聴き分ける → 神の愛のみことば 正しい価値観
神の真実なことばに聞きましょう。
・罪に歪んだ間違ったメッセージを無視、流す、心に留めないように。
3.お子さんの短所、欠点と思えるところを書いて、もう一度とらえ直してみよう
①3つほど書く ②次にそれは本当に短所なのか考える
せっかち → せかす人もいないと困る
話下手 → 聞き上手かも?
声が小さい → 近所迷惑にならない
勉強が苦手 → 他の人の励ましになる
集中力がない → 常に色々なことに気を配れる。
何でも遅い → よく考えてる?落ち着きがあるとも言える
※何かしら発達障害のある著名人・・・エジソン、アインシュタイン、モーツァルト、米津玄師(高機能自閉症)、トム・クルーズ、ウィル・スミス、スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツ
・イエス様は、盲目に生まれた人について、因果応報ではないと言われました。
先祖の罪、親の罪、本人の罪でもない。神の栄光が現れるためだと。 お子さんについて、私たちの目には欠点とか弱点だと思えてしまうところがあるでしょう。しかし、それは本当に欠点だと言い切れるでしょうか。むしろ、その弱さが人のために用いられることがたくさんあります。
神様によって、新しい見方が与えられると、人は確実に肯定感を与えられます。自分の弱点さえ、神の栄光が現れるところだと知れば、その弱ささえ誇ることができるのですから。
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