東村山福音自由教会 ✞ Sunrise Chapel: エレミヤ書8章1-13節「実り豊かな人生」
主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ませることはない。(哀歌3:33)

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2026/01/19

エレミヤ書8章1-13節「実り豊かな人生」

*** 1/18(日)主日礼拝 説教概略 ***

 CS教師研修会でのメッセージ準備をしています。特に「子どもたちの心を育てること」が大事だと思っています。子どもたちに、演じさせてはいけないと思うのです。問題のない「良い子」を演じさせたり、教師の顔色を伺って模範解答をさせてしまったり、子どもたちにお世辞を言わせたりしてはいけない。それをさせてしまうなら、それは教師側の問題ですよね。「今日のお話、全然わからなかった」と正直に言っていい。「自分はそうは思わない」と言っていい。それが大切であると考えています。


 ではなぜ、このような正直な心でいることが大切なのでしょうか。

 主は上辺ではなく心を見るお方だからです。真実を愛する主であるからです。本当の自分と向き合うことなしには、神の真実に歩めないからです。そして、「実り豊かな人生」は偽りからは生まれません。「大丈夫です」と、偽りの平安を装って生きるなら、ますます大丈夫ではなくなります。そのことを今日のみことばは教えています。むしろ、「辛いです。助けてください」、「分からないです、分かるように教えてください」と、正直に求めていきましょう。主は与えてくださいます

 偽りは私たちを神から引き離し、滅びへ誘います。
 しかし、神の真理のみことばは、私たちの本当の姿を示し、キリストへ導くので、実り多い者へと変えられるのです!
 ご一緒に、真理のみことばを求めて参りましょう。

 

1.背信とその結果  


1-3節には、偽りを愛した結果が語られています。

1  「そのとき──主のことば──人々は、ユダの王たちの骨、首長たちの骨、祭司たちの骨、預言者たちの骨、エルサレムの住民の骨を、墓から取り出し、
2  それらを、彼らが愛し、仕え、従い、伺いを立て、拝んだ日や月や天の万象の前にさらす。それらは集められることなく、葬られることもなく、地の面の肥やしとなる。
3  また、この悪しき一族の中から残された残りの者はみな、わたしが追いやったすべての場所で、いのちよりも死を選ぶようになる──万軍の主のことば。 

 これはイスラエルの人々が神を捨てた結果です。1-2節では死後に至るまで屈辱的な状態になることを警告しています。墓が暴かれ遺骨が野晒しにされるのです。また、3節にあるように、なんとか生き残れた者たちまでも、「生きているより死んだ方がましだ」と死を望むようになる悲惨な現実です。

 9節でも「知恵ある者たちは恥を見、うろたえて、捕らえられる」とあり、10節では「それゆえ、わたしは彼らの妻を他人に、彼らの畑を侵略者に与える」と語られています。この世の知恵を威張ったところで、神無き知恵に生きるならこの通りです。家族も土地も失う。また12節にも、このようにあります。12節 彼らは忌み嫌うべきことをして、恥を見たか。全く恥じもせず、辱めが何であるかも知らない。 だから彼らは、倒れる者の中に倒れ、自分の刑罰の時に、よろめき倒れる。 神様が忌み嫌うべきことをし続けた。しかも彼らはそれを神の御前に恥じることすらしない。開き直り、正当化してしまう。だから、彼らは、神のさばきによって倒れるべくして倒れてしまう。、どれも厳しい内容です。でも、この厳しい警告は、甘さの中にある私たちを神の真実へと帰らせるための、愛のメッセージなのですよね。

 4-7節は神様からの切実なメッセージです。悔い改め、真実と向き合って欲しいと心から願うメッセージです。 

4  あなたは、彼らに言え。『主はこう言われる。 人は倒れたら、起き上がるものではないか。 離れたら、帰って来るものではないか。 

 転んだら立ち上がろうとする。離れても帰って来る。それは人の本能のようなもの。動物には「帰巣本能」というものがあって、7節にそのことが語られていますよね。鳥たちは学校で勉強しないのに、季節を知り、帰るべき時も場所も知っている。しかし、造り主の元に戻らない罪深い人間の姿を、主は悲しみ嘆いています。5-6節もこの状況を嘆く主のことばが続きますが、ここではその原因が示され始めます。 

5節 なぜ、この民エルサレムは、背信者となり、いつまでも背信を続けているのか。 彼らは偽りを握りしめ、帰って来ることを拒む。
6節 わたしは気をつけて聞いたが、彼らは正しくないことを語り、「私は何ということをしたのか」と言って自分の悪を悔いる者は、一人もいない。彼らはみな、戦いに突き進む馬のように、 自分の走路に走り去る。 

 5節では、背信を続けている原因として「偽りを握りしめ」ているとあるのです。偽りに惑わされるどころか「握りしめている」ので、真実へと帰れなくなっているのです。偽りはなぜ、そんなに深刻なのでしょうか。8-11節で、この「偽りに生きる問題」を神様は明確に示しておられます。

 

2.偽りは真理から引き離す麻薬  


 8節は、自分たちは神に選ばれし民、律法を持つ民という人間的驕りです。また「書記たちの偽りの筆」とあります。記録をする者たちが偽りを記録したり、重大な記録を廃棄したりすることで、偽りを生み出せるのです。日本の社会でも文書偽造や既に廃棄したとして、隠蔽するニュースを多く目にしてきましたよね。まさに、10節にあるように、皆が自分の利得ばかりを求め、誰もが偽りでごまかして生きている現実。まさに、11節にあるように、平安じゃない状況なのに「大丈夫、平安です!」と誤魔化している状態。

 これらは決して益にならないのです。人を幸せにしないのです。これらのすべての問題は9節にあるように、真実で幸せへの道を示してくれるはずの「主のことばを退けたから」なのです。主のことばは真実で、現実に向き合わせてくれるからです。私たちが聖書を変えてはいけない理由はそこです。

 確かに、ウソやまやかしによる幻のような世界というのは、現実の厳しさから目を向けているので楽ですよね。また、何も問題がないかのように演じている方が波風立ちません。それは「真理から引き離す麻薬」のようなものです。その時は楽でごまかせます。でも、後になって苦々しい嫌悪するような結果を刈り取ることになるのです。悪い種を蒔けば、必ず悪い実を刈り取ることになるのです。

 今、次男が受験の最中ですが、受験生は何度か模擬試験を受けますよね。その際に、模試の結果に忖度があって、いつも高い評価ばかり出るならどうでしょう。どの大学もA判定しか出さないような模試・・・爽快な気分になるでしょうけれど、受ける意味はないですよね。むしろ、それを信じてしまって、余裕で受かるな~と思って勉強しなかったら、目も当てられません。 私自身も年始早々、この問題と直面しました。主治医の検診で、色々と数値が出ました。さすがクリスマス!さすが年末年始!数値がバッチリ悪くなっている!検診など受けないで「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせながら、美味しい物をたらふく食べ、大変な運動やトレーニングをしないで過ごす方が楽で夢心地です。しかし、静かに病める道へと直行していくわけです。この現実を知ったおかげで、「もう一度気を引き締めなければ」と思えるのです。主のご用のために、体を何とか整えようと。人は自分に都合のいい言葉を聞きたいのです。

 神様は真実なお方です。ウソで塗り固められた幻覚の中にいては、幸いになれず、実りも生まず枯れて行ってしまうことを知っておられます。ですから、耳に痛いことでも、優しく愛をもって語ってくれる存在は、なんとありがたいことでしょうか

 

3.実り豊かな人生  


 主は、私たちを心から愛するゆえに立ち返って欲しいのです。自分が愛を込めて造った者たちが苦しむ姿。それは、神様にとって非常に悲しいことです。本来神のもとに帰って来るのが人間です。事実、私たちはにっちもさっちもいかない時、最後は神様に叫ぶじゃないですか。でも、そうなる前に戻れば、通らなくて良い苦しみもあるのです。さばきが下る前に立ち返るなら、そこまで苦しまなくていいのに「なぜ?」と主は言われます。それで、その問題の本質を突きつけてくださいます。 13節にこうあります。 

13節 わたしは彼らを刈り入れたい。──主のことば── しかし、ぶどうの木には、ぶどうがなく、 いちじくの木には、いちじくがなく、葉はしおれている。 わたしはそれらをそのままにしておく。』」   

 「わたしは彼らを刈り入れたい」の部分は、訳によっては「滅ぼしたい」とか「取り除きたい」として、否定的な意味で訳されています。ただ、ここは素直に訳して、神様はこの民の良い実りを収穫したかったのだと理解するのが良いと思います。楽しみにしていたのに、まるで実りがなく、葉もしおれていると嘆いているのです。当然起こるはずの甘い果実の実りを期待したのです。そのために神は植え、育てたのです。ところが、この民は自分勝手な道に進み、それゆえ自らを枯れさせてしまった。だから、刈入れもできず、そのままにするしかない。でも、神様の本心は、彼らを「甘くて美味しい実り」として、喜んで収穫したいと言われるのです。そのために、御子イエス様を私たちに与え、十字架の救いを用意してくださったのです。そのイエス様は言われます。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」と。この真理に立つ時、私たちは偽りとその結果である滅びから自由にされるのです。このイエス様というぶどうの木に、枝である私たちがとどまる時、豊かな実を結ぶ人生とされるのです。

 

 今日も、主はあなたに語っておられます。偽りを愛することによって、主の真理のみことばを退けてはならないと。一時的に楽をするために、ウソ偽りごまかしをしないで、あなたの本当の心で、わたしと歩んでくださいと。主はあなたを実り豊かな者としたいのです。



引用元聖書
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