東村山福音自由教会 ✞ Sunrise Chapel
主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ませることはない。(哀歌3:33)

最新情報

2022/05/16

民数記13章25-33節「思い込みの盲目」

*** 5/15(日)主日礼拝 説教概略 ***

民数記1325-33節「思い込みの盲目」


 「自分にはこれは出来ない」と決めつけ、神様が「やってごらん」とおっしゃる声をシャットアウトしているということはないでしょうか。実は私は、教会に集うようになって、「ギターをやってみないか」と声をかけられた時、最初はとても強く断りました

 自分は音感も悪いし、リズム感もないし、ギターなどという楽器とは全く別の世界に生きている人間だと思っていたからです。「どうせできない」との思い込みが強すぎて、恥をかくことになるだろうと思い、必要以上に強くお断りしたのを覚えています。せっかく声をかけてくださったのに、失礼な断り方をしたのではと思うのです。私は「絶対にできない」という変な自信があったのです(笑)。

2022/05/11

子育て「3つのゆだねること」

*** 5/10(火)ママ’sカフェ 講演概略 ***

 子育て「3つのゆだねること」

「子育て」には、目をかけ手間をかけるという要素と「ゆだねて見守る」という要素の2つの要素があります。今日は特に「ゆだねる」ということを学びたいと思います。

 見よ 子どもたちは主の賜物 胎の実は報酬。(詩篇 1273節)

 未成年の子は親の責任のもとにあるが、決して親の所有物ではありません。神様から授けられ、育てることをゆだねられ、任せていただいているのです。神様からの特別なプレゼントであることを覚えながら、子育てにおいて握りしめすぎず、「ゆだねる」ということを学びましょう。

2022/05/10

使徒2章41-47節 「教会のコイノニア」

*** 5/10(日)献堂記念主日礼拝 説教概略 ***

使徒2章41-47節 「教会のコイノニア」

 今日は、この会堂が与えられていることに心から感謝しつつ、この会堂が何のためにあるのかをご一緒に考える機会としたいと思います。特に「献堂」ということばは、神様にこの会堂をお献げするということです。それは「私たちのもの」とこの会堂を握りしめて私物化せずに、主が望まれることのために会堂を献げて用いていくことです。

2022/05/05

創世記24章「忠実なアブラハムのしもべ」

*** 5/4(水)祈祷会 説教概略 ***

創世記24章「忠実なアブラハムのしもべ」

 今日は名前の記載がない人「アブラハムのしもべ」の姿に目を留めつつ、みことばに語られて参ります。彼は最年長のしもべであり、イサクのお嫁さん探しを任せられた人でした。神の契約のもとでの「信仰の継承」という意味で、お嫁さん探しはとても重要なものでした。当時、彼らが住んでいた場所はカナン人の地です。周囲は聖書の神様を信じない人であふれていました。

2022/05/04

民数記12章1-16節「主がお立てになったモーセ」

*** 5/1(日)主日礼拝 説教概略 ***

民数記12章1-16節「主がお立てになったモーセ」

 「しくじり先生」というTV番組があって、以前、何度か視聴しましたが、個人的には興味深い番組でした。人生において様々なしくじりを経験した人々が、その失敗談を時に涙を交えて語り、他の人々の教訓とするというものでした。しばしば成功美談よりも、そうした失敗談の方が励ましになるというのはありますよね。

 本日のみことばでは、モーセの姉ミリアムとモーセの兄アロンという、二人の指導者のしくじりの場面です。大祭司アロンに関しては以前にも、「金の子牛を造り、拝ませる」という大失態がありますから、大祭司と呼ばれる者でもそうなのだと思うと、少し慰められます。

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