1日 レビ記21章
祭司たちへの教えがなされている。1-4節では、特に死人によって自分の身を汚してはならないとある。罪の影響によって「死」が人間の世界に入った。そうした背景を覚えてのことだろう。また、その死体には、もうその人のたましいはなく、主のみもとにある。必要以上に亡骸に固執することも相応しくない。特に祭司は模範を示す立場だからこそ、相応しい態度が求められた。5節では、「頭を剃ってはならない。ひげの両隅を切り落としてもいけない。からだにいかなる傷もつけてはならない」という不思議な教えがあるが、実はこれは、異教の人々が死者を悼む時になした習慣であった。ゆえに、20章で警告されていたように、異教徒の悪習慣に倣わないにせよという教えである。6節で、彼らは偽りの神に対してではなく、「自分の神に対して聖でなければならない」とある。私たちも同様だ。どこを見て歩んでいるのだろうか。世の評価であろうか。協調性という名のもと、間違った習慣に流されないようにしたい。世界の王、世界の造り主に対して聖でありたい。