先日の日曜日の礼拝ではマルコの福音書1章40-45節のみことばが語られました。
私自身もみことばを個人的に味わい、思い巡らしながらこの週を過ごしています。
教会歴というものを採用している教会であれば、2/17(水)から受難節(レント)ということで、主の御苦しみを覚えて過ごすということもあるでしょう。当教会ではそこまでレントということを意識してはいませんが、いつでも主イエス様の十字架を見上げる者でありたいと思っています。
A 21:1-14 神のさばきとあわれみ 「神はこの国の祈りに心を動かされた」
B 21:15-22 ダビデを支えた家臣たち
C 22:1-51 ダビデの賛美
C′ 23:1-7 ダビデの賛美
B′ 23:8-39 ダビデを支えた家臣たち
A′ 24:1-25 神のさばきとあわれみ 「主がこの国のための祈りに心を動かされた」
「イエスは深くあわれみ、手を伸ばして彼にさわり、『わたしの心だ、きよくなれ』と言われた」
主イエスの心を知る。主イエスが何を思い、感じて居られるか。それを肌身で味わうことが出来るなら…。それは、大きな喜び。愛する者、親しい者のことは心から知りたいと願う。愛し合う者たちは、語り合い、互いの心を打ち明け、心を通わせたいと願う。主イエスの心を知る、御心を知りたいと願うことは、そのような親しさ、愛から生まれる。
*** 2/10(水)祈祷会 説教概略 ***