*** 11/20(日)主日礼拝 説教概略 ***
民数記30章1-8節「真実な歩み」
昨日、チャペルコンサートを終えて、家に帰ってからのことです。コンサートが守られて感謝だったと家族で話していました。すると突然、会話の最中にも関わらず、二女が急に目を閉じて、しばらく沈黙しました。唐突だったので「え?何?」と思いました。すると、いや、ちょっと今、神様に祈ったのだと言い出しました。
皆さんは、生活の中で鳥のさえずりを聞けていますか。道端の花に感動していますか。私はそれらがなくなってしまった時は黄色信号だと思っています。神様が造られた被造物が、自身の存在をもって神様を賛美しているのです。その賛美が聞こえなくなると、自分の心にゆとりがなく、いっぱいいっぱいで「危ない」と思うようにしています。
皆さんは、ご自身の状態を「セルフチェック」する何かをお持ちでしょうか。時々自分の姿を客観的に振り返る時、案外大切かも知れませんね。
今、世界では強権的な指導者が増えてきました。民主主義への失望と苛立ちが背景にあるのかも知れません。多くの人が忙しさで無関心となり、楽な道を求めると独裁を生みやすくなるのですよね。そして、強い独裁的指導者が強い組織を生み出すと思われがちです。しかし真に強い組織とは、その指導者がいなくなっても、大きく変わることなく続いていく群れでしょう。
聖書人物シリーズ。本日はネヘミヤです。時代としては捕囚期の終わり、エルサレムのユダヤ人たちが帰還し、焼け野原となったエルサレムを復興していく時になります。
この当時、ユダヤ人たちは既にペルシャ王国の支配下にありました。元々はバビロンに囚われていたわけですが、そのバビロンが今度はペルシャに滅ぼされたのです。それで、そのままユダヤ人たちをペルシャ王国が治めるようになりました。ただし、ペルシャはバビロンよりも寛大な政策を取り、ユダヤ人たちは徐々にエルサレムに帰還することを許されたのでした。