反対する人と対立して終わるのか、違いを尊重しながらともに歩むのか。そこには大きな違いが生まれます。倒れさせてしまうのか、立ち上がらせるのか。この違いも大きいでしょう。いずれの場合にも、愛がカギになっていると思うのです。みことばは、愛によって様々な対立があっても、ともに歩む交わりを教えています。それが教会の強みであり、教会の豊かさではないでしょうか。「愛によって結ばれる交わり」教えられて参りましょう。
2026/02/25
2026/02/23
ヘブル8章7-13節「新しい契約」
*** 2/22(日)主日礼拝 説教概略 ***
誰もが遠回りせず、Happyなゴールにすぐに到達したいと考えます。しかしながら、真に賢い人は、そこに至るプロセスがどれほど重要であるかを知っています。私は若い頃、聖書は少し「まわりくどいな」と思ったことがありました。旧約聖書の律法時代を通らず、最初から完全な救いのわざである、イエス様の十字架という方法をなぜ採らなかったのかと思ったのです。
2026/02/19
ピリピ3章17-21節「未熟者but天国人」
*** 2/19(水)祈祷会 説教概略 ***
「立派なクリスチャンは、こうあるべきだ」というイメージを、誰もが持っていることでしょう。しかし、ある米国の教会では、その入り口に「完璧な方はお帰りください」という貼り紙をしていたそうです。少しユーモアも感じます。「自分は不完全だ、弱く罪深い者だ、だから救いが必要なのです」と考える方のための教会だということでしょう。
2026/02/17
2026/02/11
ピリピ3章12-16節「キリスト者の成熟」
*** 2/11(水)祈祷会 説教概略 ***
私たちの信仰は瞬間的な出来事ではなく、継続的なものです。常に成長していくものです。この地上での日々において、与えられた「まことのいのち」をより豊かにされ、より輝くものとされ、主の栄光を現わしていく器となることを神様は願っておられます。この信仰の成長のことを「聖化」と言います。義とされた者が、聖霊によって少しずつ変えられ、キリストの姿に向かって成熟していくことです。新約聖書の時代、霊的に熱く燃え、成熟しているクリスチャンとして誰がいるでしょうか。パウロの名前が挙がるでしょう。
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