東村山福音自由教会 ✞ Sunrise Chapel
主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ませることはない。(哀歌3:33)

最新情報

2026/08/03

エレミヤ書12章1-6節「友だから隠さない」

*** 8/2(日)主日礼拝 説教概略 *** 

 来週招かれているキャンプテーマは「ベストフレンド~イエス様は友だち~」です。
 実際イエス様は、弟子たちにあなたがたを「しもべ」とは呼ばず、「友」と呼ぶと言われました。旧約聖書においても、しばしば神様は、ご自身が召した者たちと「友」のように関わって下さってもいます。では、良い友人の特徴とは何でしょうか。


2026/07/29

詩篇10篇12-18節「祈りのうちに変えられる」

*** 7/29(水)祈祷会 説教概略 ***

 神様に祈り続ける者は変えられていきます。
 詩篇10篇の1節はこう始まりました。「主よ なぜ あなたは遠く離れて立ち 苦しみのときに 身を隠されるのですか」。神様が遠くにおられる。姿を隠しておられる。詩篇作者にはそう思えたのです。しかし、その思いをすべて神様にぶつけていく中で、作者は徐々に神ご自身に目を向けられるようになっていくのです。


2026/07/27

第一ヨハネ4章7~12節「愛され、愛する者になる」

*** 7/26(日)主日礼拝 説教概略 ***

 愛はなぜ必要なのでしょうか。愛がなければ、人は生きていけないからです。
 1945年頃の研究ですが・・・小児科医ルネ・スピッツは、孤児院で育つ乳飲み子と、刑務所内で母親に育てられる乳飲み子を比較調査したそうです。孤児院の乳児は栄養も衛生管理もバッチリ行き届いていました。それにもかかわらず、死亡率が非常に高く、発達の遅れも深刻でした。一方、刑務所という劣悪な環境でも母親の愛を受けて育った乳児は健全に成長しました。他にも多くのこうした研究がなされています。


2026/07/22

詩篇10篇1-11節「神の真実に目を留める」

*** 7/22(水)祈祷会 説教概略 ***
 私たちには、神様が沈黙しておられるように思える時があります。詩篇10篇の前半は、そのような人間の思いや叫びを現わしています。その意味で詩人は私たちの思いを代弁していると思えるのです。しかし同時に、後半の12節以降になると、神様はしっかりと苦しむ者たちを見て下さっていたのだと変化していきます。実は、目に見える現実や、そこで私たちが抱く感情が、必ずしも真実とは限りません(ここが重要なポイントです)


2026/07/21

Ⅰテモテ6章17-19「楽しみをもくださる神」

*** 7/19(日)主日礼拝 説教概略 ***

 私は18歳でイエス様を信じた後、「クリスチャンは真面目でなければならないのでは」「冗談も言ってはいけないのでは」という思い込みに縛られて苦しんだのを覚えています。聖書のどこにも書いていないのに、「クリスチャンは、楽しんではいけない」かのような、そんな思いに縛られていた時期があります。しかし、ある時、熱心なクリスチャンの宣教師がこう祈られたのです。「神様、あなたは必要な物を下さるだけでなく、私たちを楽しませてくださるので、感謝します」と。「え?今、なんて言った?神様が楽しませてくれる?そうなの?」と驚いたのです。目からウロコでした。


2026/07/15

詩篇9篇13-20節「人間が勝ち誇らないように」

*** 7/15(水)祈祷会 説教概略 ***

 現代社会の様々な分野の発展、進歩は目覚ましいものがあります。AIの技術は凄まじい速度で発展していますね。医療も日進月歩です。軍事力においては「恐ろしい」の一言です。大国が本気で戦争をしたら、世界が滅ぶでしょう。しかし、私たちはそれでも「人間である」ことを忘れてはいけません


2026/07/08

Ⅰサムエル記13章11-14節,14章6節「数を見るか、神を見るか」

*** 7/5(日)主日礼拝 説教概略 ***

 ワールドカップ、日本は残念でしたが、出場している一流のクリスチャン選手の情報をキャッチしました。日本が対戦したオランダのガクポという選手。非常に優れたドリブラーです。彼は熱心なクリスチャンで、キリスト信仰は自分のライフワークだと公言します。彼が中心となってオランダ代表チームで「聖書研究会」を主催しているそうです。


2026/07/01

詩篇8篇1-9節「人とは何者でしょう」

 *** 7/1(水)祈祷会 説教概略 ***

 「私は何者なのか」、そして「私を造り、救ってくださった神とはどういうお方なのか」。これは人生のテーマではないでしょうか。そして、イエス様によって救われたあなたは、自分を何者だと表現するでしょうか。


2026/06/30

へブル10章19-25節「歩もう、イエスが開いた道を」

*** 6/28(日)主日礼拝 説教概略 ***

 先週は、皆さんのご協力のおかげで、ワールドカップ日本戦を、録画でしたが情報を入れずに新鮮な気持ちで観戦できました。途中結果を伝えたかった方も、忍耐深く沈黙を貫いてくださり、ありがとうございました(笑)。


2026/06/24

詩篇7篇1-17節「神は正しい審判者」

*** 6/24(水)祈祷会 説教概略 ***
 
 表題に「シガヨンの歌」とあります。おそらく「哀しみの歌(哀歌)」のことだと考えられています。表題の続きに、ダビデによる「ベニヤミン人クシュのことについて主に歌ったもの」とあります。ベニヤミン人クシュとは、サウル王もしくは、サウルの家臣等ではないかと考えられます。


2026/06/23

エレミヤ書11章18-23節「真理を拒む罪と屠り場の子羊」

 *** 6/21(日)主日礼拝 説教概略 *** 

 本日のみことばは「真理を拒む罪」が人にはあることを教えています。これは罪ではないと思いますが(笑)、実は、私も今日はある真理を拒む心でいっぱいです。今日の午後、ワールドカップの日本戦があります。しかし、ご存知のように教会では「感謝総会」と「役員会」があります。「なぜこの日に!」と悔やまれます。ただし、録画はしてあります。あらゆるサッカーの情報をシャットアウトして、教会から帰ったらゆっくりドキドキしながら観たいと思っています。ゆえに、試合結果の真実を知りたくないのです。


2026/06/14

へブル10章11-18節「もはや罪を思い起こさない」

*** 6/14(日)主日礼拝 説教概略 ***

 「デジタルタトゥ」という言葉があります。インターネット上に投稿された内容は、完全に消しきることが難しい。ゆえに長く残ってしまうということです。多くの人は心の中にも「消えない辛い記憶」を持っているのではないでしょうか。「あんなことをしなければよかった」「あの失敗さえなければ」と。まるで心に刻まれた「デジタルタトゥ」のようです。自分でも赦せず、社会からも赦されていないように思われる。


2026/06/11

詩篇6篇1-10節「不信仰の中の信仰」

 *** 6/10(水)祈祷会 説教概略 ***

 私たちには弱さがあり、しばしば神様を信頼しきれず、疑いを抱くこともあります。しかし、そのような不信仰に陥る弱さの中でさえも、主を呼び求める者でありたいのです。そうした信仰の弱い者の叫びや訴えさえ、主には聞こえているのですから。

お知らせ


7月の イベントページ を更新しています。


重要なお知らせ毎日の聖書をお読みくださっている皆様へ
2026年1月~12月31日までの1年間は、百万人の福音「BIBLE&LIFE」にて聖書日課連載のため、こちらはお休みとさせていただきます。そちらをお読みいただければ幸いです。

現在マンダリン礼拝(中国語礼拝)は、毎週10:15~11:25、1階ホールで行っています。
※詳細はこちらへ 


2026/06/07

エレミヤ書11章1-17節「語り続ける神の熱心」

*** 6/7(日)主日礼拝 説教概略 ***

 あきらめずに伝え続けるということは、容易なことではありません。少なくとも、相手に対して無関心であるならば、すぐにあきらめてしまうでしょうし、そもそも熱心に伝えることさえしないことでしょう。
 「愛している」と伝えることも容易ではありません。


2026/05/31

Ⅱコリント3:17-18「御霊によって変えられる喜び」

*** 5/31(日)主日礼拝 説教概略 ***

 先週は「ペンテコステ」の礼拝でした。洗礼式という恵みの機会でもありました。また、一昨日には姉妹の葬儀もありましたね。個人的にも多くの会合もありましたので、この短期間に、本当に色々なことがあったような気がします。

 その中で、少し落ち着き安らぎたいと願います。皆さんも疲れ果ててしまわないように、「自分の頑張り」ではなく、聖霊から力を十分にいただきながら、恵みの中で歩んで参りたいと思います。

2026/05/29

詩篇5篇1-12節「望みを抱いて主に身を避けよう」

 *** 5/27(水)祈祷会 説教概略 ***

 私たちは苦しい時、「誰かに分かってほしい」と願います。しかし現実には、理解されないことも少なくありません。誤解され、傷つけられ、ことばにならない思いを抱えることもあります。

2026/05/27

ヨハネの福音書14~16章「御霊によって生きる」

 *** 5/20(水)祈祷会 説教概略 *** (UPが遅れてしまいました)
 しばしば、イエス様を信じたはずなのに、変化を感じられないというケースがあります。もしかしたらそれは、聖霊に導かれることを知らないゆえかも知れません。イエス様を信じながらも、自分の信仰の強さに頼って、自分の知恵と努力だけで歩んでしまっているからかも知れません。聖書ではそれを「肉によって歩む」、「肉に属する人」と言います。けれどもクリスチャンは、聖霊によって新しくされ、この聖霊に導かれて歩むのです。それゆえ、上からの知恵と力を豊かに与えられ、喜びも増し加えられ続けます。


2026/05/17

ヘブル10章1-10節「あなたのみこころを行うために」

*** 5/17(日)主日礼拝 説教概略 *** 

 皆さんは、信仰生活を「ちゃんとやっている」はずなのに、心の深いところでは「渇いている」と感じることはないでしょうか。礼拝にも出席する。献金もしている。祈って聖書も読んでいる。奉仕もする。なのに、どこかで飢え渇きがある。心に力が湧かない。なぜでしょうか。形ばかりの宗教行為は、私たちの心を満たさないからです。それはもしかしたら、忙し過ぎて心を失っているゆえかも知れません。あるいは、外側ばかりを意識する習慣ゆえかも知れません。

2026/05/14

詩篇4篇1-8節「神のもとにある平安」

*** 5/13(水)祈祷会 説教概略 ***

 この世界の多くの人が心満たされ、平安の中に歩むことを願っているでしょう。しかし、それを得る道は多くはありません。実際、どれだけ多くの物を所有し、どれだけの偉業を成し遂げても、心はむなしく空虚であると、何もかも持っていた王ソロモンは言いました。聖書は、神のもとで得られる満たし、平安は、他の物では代えられないと教えるのです。


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