東村山福音自由教会 ✞ Sunrise Chapel: 2024年度メッセージ
主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ませることはない。(哀歌3:33)

最新情報

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2024/11/15

ローマ11章16-21節「根が聖なるものであれば」

*** 11/13(水)祈祷会 説教概略 ***

 この教会の教えが聖書からずれた良くない教会だったらどうでしょうか。そこに集められて来る人々も間違った良くない教えを受け、歪んだ信仰者が育つでしょう。反対に、この教会が聖なる良い教会で、正しい教えが語られ、良き交わりがあるなら、そこに加えられていく人々も聖なる良いものを受け継ぎますよね。ここでは「根が聖なるものであれば」、生え出た枝や実りもまた聖なるものとされることが語られています。


2024/11/11

創世記1章26-28節「なぜ学び、なぜ働くのか」

*** 11/10(日)主日礼拝 説教概略 ***

「勉強はあまり好きではない」という方はいらっしゃるでしょうか。学ぶ理由がわからないという方もあるでしょう。しかし、実に3~4歳の子どもたちの多くが、質問して学びなさいと教えられていないにも関わらず、「なぜ?」「どうして?」といった質問を頻繁にします。これは心理学では「質問期」と呼ばれます。これによって子どもたちは、生きるのに必要なことを学んでいくのです。誰からも教えられていないのに、自分から問いかけ知ろうとする。これは、神様が人をそのように造られた証拠でしょう。この時期に大切な真理を教えてあげられるといいですよね。学ぶ意欲も増してきます。


2024/11/08

ローマ11章11-15節「救われたら、どんなに素晴らしいか」

*** 11/6(水)祈祷会 説教概略 ***

 久しぶりの教会リトリートを持つことができました。会堂建設もあり、コロナもあり、慌ただしさもありで、なかなか教会全体でのリトリートというものは持てずにいました。全員がというわけにはいきませんでしたが、50名近い方が参加してくださったことは本当に感謝でした。実は来年は奥多摩バイブルシャレーという別の宿を10月の連休に既に予約しています。講師をお招きして持ってもいいかなと思っております。


2024/11/05

ヘブル1章7-14節「永遠に変わらない方」

*** 11/3(日)主日礼拝 説教概略 ***

 人もこの世界も常に変化し、変わらないものはほとんどありません。謙虚で誠実で、優しい人であっても、非常に大きな力を手にし、偉くなったと勘違いすると、人が変わってしまうということがあります。実際、どんなに立派で優れた人でも、「思い通りにできる」という独裁状態が続く中で、少しも堕落しないで変わらずにいられる人はほとんど稀でしょう。

2024/10/30

ローマ11章1-10節「人の考えにまさる神の救いのご計画」

*** 10/30(水)祈祷会 説教概略 *** 

「神のなさることはすべて時にかなって美しい。」と伝道者の書にあります。神様の御計画はいつでも深く豊かで、人間の想像を余裕で超えてみわざがなされます。救済の歴史においてそれは顕著です。そもそも神の御子が十字架で死刑にされることによる救いなど、誰が考えたでしょうか。人の予想や想定を超えるところに、神様の摂理があるのです。こうした神様の救いのみわざを覚え、ただ主を驚き仰ぎ見てあがめていきましょう。


2024/10/28

伝道者の書11章1-6節「なんとかなるさ、恐れず挑戦しよう!」

*** 10/27(日)主日礼拝 説教概略 ***
 
 「失敗なき人生は、失敗である」と言われます。人は成功体験よりも、多くの失敗から学ぶからです。「iPhone」をはじめ、多くのヒット作を生み出したスティーブ・ジョブズという方は有名ですね。ただ、彼は実は「失敗王」であるとご存知でしょうか。大ヒットするものの前には、多くの駄作、全く見向きもされないような物も山ほど生み出したそうです。しかし、実に、こうした多くの失敗が糧となって、その後の大ヒット作が誕生しているのです。失敗を通らなかったなら、生まれなかったヒット商品たちなのですよね。

 ですから、失敗を恐れてばかりいて、挑戦しないならば、成功への道を自ら捨ててしまうようなものです。私たちは、世界を造られ、世界の仕組みの細部までを知り尽くしておられる方を、「天のお父様」と親しく呼べる立場にあります。この天のお父様がおられれば、「なんとかなる」のですから、恐れてばかりいないで、大いに挑戦し、大いに失敗し、神様によって最高に良きものにしていただきませんか? 


2024/10/25

ローマ10章18-21節「機会を大切に!」

*** 10/23(水)祈祷会 説教概略 ***

 俳優の西田敏行さんが亡くなりましたね。人はいつ病や事故に見舞われるか、あるいは死を迎えるのか誰にもわかりません。ですから、生きている間に、語られている間に、今日という時に、機会を拒まないことが本当に大切です。語られているみことばを拒まず、その恵みに生きていきたいのです。

2024/10/20

ヘブル1章4-6節「御使いがひれ伏す御子」

*** 10/20(日)礼拝説教 説教概略 ***

 この手紙は徹底してイエス・キリストに目を注いでいます。それは、読者たちが様々な惑わしの中で、キリストから目を離してしまう課題が非常に大きかったからでしょう。本日のみことばにおいては、神秘的な御使い(すなわち天使)と、御子イエス様との違いを明確にしています。神の子キリストは「イエス」という名を持って、私たちと同じ人間として歩まれましたね。それゆえに、天使よりも力のない劣った存在だと考えられることがありました。

2024/10/18

ローマ10章14-17節「宣べ伝えることの大切さ」

*** 10/16(水)祈祷会 説教概略 ***

 私たちがクリスチャンになることができたのは、なぜでしょうか。もちろん、神様のみわざですが・・・やはり、勇気を出して、愛をもって、福音を伝えてくださった方、教会に誘ってくださった方がいたからでではないでしょうか。


2024/10/14

伝道者の書10章16-20節「幸いな国を目指して」

*** 10/13(日)主日礼拝 説教概略 ***

 先週木曜日に、妻と富弘美術館を訪れました。館長さんにもお会いできまして、先日のお礼を申し上げ、館長さんも私たちの来訪を喜んで歓迎してくださいました。実は、アート展の時もお昼をご一緒し、その人柄に感心しておりました。星野さんと共に歩んで来られたゆえでしょうか。気さくで話しやすく、謙虚な方だと感じます。


2024/10/09

ローマ10章5-13節「信仰による救い」

*** 10/9(水)祈祷会 説教概略 ***

 ここでは、神の義を与えられる道が「信仰による」とは、具体的にどのようなものであるのか語られています。6節、7節にこうあります。

6しかし、信仰による義はこう言います。「あなたは心の中で、『だれが天に上るのか』と言ってはならない。」それはキリストを引き降ろすことです。
7節 また、「『だれが深みに下るのか』と言ってはならない。」それはキリストを死者の中から引き上げることです。


2024/10/08

ヘブル1章1-3節「御子による啓示」

 *** 10/6(日)主日礼拝 説教概略 ***

 先日まで、新約聖書はヨハネの手紙からお話しました。本日から、ヘブル人への手紙に入ります。この手紙は新約聖書の中で、最も謎の多い手紙です。謎解きが好きな人には、うってつけです。なぜなら、この手紙は、旧約聖書の専門的な知識に精通しつつ、同時にイエス・キリストについて素晴らしい解き明かしがされているからです。

2024/10/04

ローマ10章1-4節「律法の目指すものはキリスト」

*** 10/2(水)祈祷会 説教概略 ***

 律法主義的なユダヤ人からしたら、このタイトルは決して許せないタイトルでしょう。律法とキリストとは、相容れないものと彼らは考えていたわけですから。しかしながら、パウロは、キリストを信じて、聖霊の啓示によって、この説き明かしができる者とされました。実に、律法が目指していたものは、すべてキリストのうちにありました。キリストは律法が求めていたすべてを満たすことができました。キリストによって、律法の役割は全うされているのです。

2024/09/30

伝道者の書10章1-15節「愚かさからの解放」

*** 9/29(日)主日礼拝 説教概略 ***

 「愚かさからの解放」というタイトルです。ただ、聖書が語る「愚かさ」が何であるかがわからないと、愚かさの中に居続けてしまうかも知れませんね。聖書の語る「愚かさ」とは、頭の働きが鈍いとか、勉強ができないといった事ではありません。むしろ、自分は賢い、悟っていると思い込み、神の知恵を求めない人のことです。これが聖書やこの書で言うところの愚かさです。

2024/09/25

ローマ9章30-33節「信仰によって」

 *** 9/25(水)祈祷会 説教概略 ***

 私たちに与えられる「救い」とは、恵みによるものです。
 恵みによると言う場合、それを受け取る手段は、良い行いではありません。ただ信じるのみ、つまり信仰によって、神の義を与えられるのです。そして、この恵みを受け、義とされた者だからこそ、応答として御霊の助けのうちに神のみこころを実行していけるのです。しかし、律法主義に陥っていたユダヤ人たちはこれがなかなか理解できずにいました。そのために、キリストの十字架の意味がわからず、キリストご自身が「つまずきの石」となってしまうことさえありました。私たちは、行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって生きます。彼を「信頼(信仰)する」者は、失望させられることがないからです。信頼に値するキリスト。この方への信仰によって歩んで参りましょう。

2024/09/24

第三ヨハネ13-15節「主にある友として」

*** 9/22(日)礼拝説教 概略 ***

 「健康であることは、自分のためじゃなく、家族や友のためである」
 そのように考えることが大切だと改めて気づかされています。入院前、ある先輩の先生が私の検査入院のことを聞きつけて、お電話くださいました。私のことをご心配下さっていることをとても嬉しく思いました。また、以前、大きな病を経験なさった姉妹とお話した際には、自分は案外平気で受け止めていても、家族や友人が自分以上に落ち込むことがあるとおっしゃっていました。「なるほど、そうかも知れないな」と教会の皆さんや友人の反応を見ながら思いました。

2024/09/04

ローマ9章25-30節「愛されない者への愛」

*** 9/4(水)祈祷会 説教概略 ***

 本日の賛美において「ありがとう」という賛美曲をささげました。
 その歌詞の中には、「神の目に映らなくても仕方ない者なのに」、「汚れ切った私の姿」、「神に捨て去られても何も言えない者なのに」とありました。この賛美曲を作られた方のことは存じ上げませんが、きっと、ご自身の罪深さと汚れに心から涙した方なのだろうと想像します。だからこそ、主がこのような者に目を留め、愛してくださって、ひとり子の犠牲をもって救って下さった喜びとあふれる感謝が歌われているのでしょう


2024/08/19

第三ヨハネ9-12節「悪に流されないで、神の善に生きる」

*** 8/18(日)主日礼拝 説教概略 ***

 すべき正しいことができず、すべきでないことをして後悔してしまう。 それが人間の弱さであり、罪の性質であると聖書は言います。特に私たちは流されやすいものです。同調圧力に屈してしまったり、「NO」と言う勇気がなったりする。ただ、私たちの心は、本当に願っていることと違うことをし続けると、つまり、自分の心にウソをつき続けると、心が深く傷つくのです。

2024/08/16

ローマ9章19-24節「怒りの器があわれみの器へ」

*** 8/14(水)祈祷会 説教概略 ***

 陶器作りをする際、粘土は時間が経つほどに、また乾燥するほどに硬くなっていくそうです。その粘土をやわらかくする方法として、水分を含ませるほか、平らたくして、そこにヘラで網目状に無数の切れ込みを入れるそうです。ただし、平らにできないほど硬くなってしまっている場合は、ハンマーで粉々にして、その上で長時間水に浸すようです。

2024/08/12

伝道者の書9章11-18節「時と機会を活かす知恵」

*** 8/11(日)主日礼拝 説教概略 ***

 オリンピックの実況で「まさか!?」ということばを頻繁に耳にします。予想外の結果が訪れることがなんと多いことかと思わされるのです。「メダル確実」なんてことばは、覆されるためにあるのではないかと思うほどです。参加する以上は、参加するすべての人にその可能性があるわけです。実績があるから確実だとも、能力がずば抜けているから必ず!とも言えない。それが、私たち人間です。


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